華鬼灯 -ハナホオズキ-

── 第壱章 ──
其ノ拾壱 ── 狂イシ華ガ導クハ (11/11)

 |金烏《たいよう》が沈み、夜の闇に包まれた|洛陽《らくよう》の庭。
 いくつかある木の中の一つに、二羽のカラスが佇んでいた。
 ──いや、カラスと言うよりは、カラスの羽根を持つ人間、だろうか。
 |妖《あやかし》とも言えるその姿は、|人間《ヒト》でも鬼でもない全く別の種族だ。

 太い木の幹を挟むようにして、左右の枝にそれぞれ一羽──一人ずつ。
 一人は幹に片手をつきながら枝の上に立っていて。
 もう一人は幹に背を預けるようにして腕を組み、枝の上に伸ばしている足も組んで座っている。
 座っているというよりは、居眠りをするように佇んでいる、と言ったほうがいいだろう。
 その二人は、昼間からの一連の出来事を窓の外から見ていたらしく、立っている方の人物が先に口を開いた。

「取り敢えず一件落着、だな」
「……ああ」
「なんだ、意外と冷静なんだな兄貴」

 低めではあるが、どこか女性独特の雰囲気を持つ声と、男らしい低音の声。
 どうやら二人は兄妹らしい。
 と言っても喋り方が男らしいためか、彼女が男だと宣言してしまえば女性だとは思われないだろう。
 そのことが、二人にとってはとても|好都合《丶丶丶》だった。

 兄貴と呼ばれた居眠り態勢の彼は、妹の方を振り向く事もせず、気だるそうに対応する。

「冷静も何も……騒ぐ事なんてなんもねぇだろうが……」
「へー……? |薙瑠《ちる》を見つけて以来、ずっとあいつのことを気にかけてたくせに」
「あいつならやれると確信してた。……それだけだ」
「……そうかよ」

 夜の庭に静寂が訪れる。
 さわさわと風に揺れる木々の音に混じり、二人の羽根もふわふわと揺れ、その空間には不気味さが漂っている。
 その静寂の中、妹の|鴉《からす》は力の暴走が起きた日のことを思い出していた。

 *
 *
 *

 いつも通りの静かな夜、突如城壁が破壊される音が聞こえた。
 その直後、複数の悲鳴が響く。

 (なんだ……っ!?)

 何が起こったのかを把握するため、現場に駆けつけると、まず目に入ったのは、|蠢《うごめ》く黒い化け物。
 大きさは人並だが、全身は黒い闇のようなものに覆われており、額から突き出ている黒い角、さらには闇の中から覗く赤い瞳。
 見た目は完全に化け物だが。

 ──それが|子元《しげん》だった。

 彼はその場に居合わせた人や鬼を次々と攻撃し、その様子を見てすぐに〈|狂華《きょうか》〉に陥っているのだと分かったが、あまりの酷さに呆然とする。

 鬼の力の暴走──即ち〈|狂《くる》い|咲《ざ》き〉。
 正式には〈狂華〉と言われる。
 子元は|仲達《ちゅうたつ》の闇の力を受け継いで生まれた。
 その分、周りからの期待が大きかったのだが──その力はなかなか〈|開華《かいか》〉しなかった。
 鬼の力が〈開華〉する時期は人によって様々で、早くのうちに〈開華〉する者も居れば、当然逆も居る。
 子元はまさに後者だったのだ。
 それが、彼にとっては精神的にかなりの負荷になっていたのだろう。
 期待されているのにも関わらず、自身の力が〈開華〉しない事に焦りを覚え──そして〈狂華〉に陥った。

 呆然としながらも〈狂華〉に陥ってしまった原因を考えていると、子元──いや、化け物と目が合った。
 その瞬間、間合いを詰められ、気付いた時には後方に突き飛ばされていた。

「ぐっ……!」

 なんとか体勢を立て直す。
 咄嗟に武器で攻撃を防いでなければ危なかったかもしれない。
 間髪を開けずに攻撃してくる化け物に防戦を強いられたが、このまま自分が引きつけていれば、これ以上被害を出さずに済む──咄嗟にそんな事を考え、全力で化け物を引きつけた。

 その途中、仲達の姿が目に入る。
 彼は何をするでも無く、ただ呆然としながら様子を見ていた。
 ──息子の現状を受け入れられなかったのだろう。

「鴉! 手伝うわ!」
「っああ! 頼む!」

 突如聞こえた声の主は、そちらに視線を向けずとも|神流《かんな》だと分かった。
 その後暫く二人で引きつけたが、一向に動こうとしない仲達に、しびれを切らした神流が叫んだ。

「仲達! どうすんのよ!
 指示がなきゃ私たちは何も出来ないの!!
 いい加減なんとか言いなさい!!」

「──|殺《や》れ」

 そう答えたのは仲達ではなく。
 仲達の背後から現れた別の人物だった。

「殺るしかない。手は抜くな」
「っおい! 待て! 何を勝手に……!」
「お前はいつまでつっ立ったままでいる気なんだ?」
「……あいつは……! 俺の……っ!」
「知ってる。お前の長男の子元だろ。
 だがどうすんだ? ああなった以上、殺す以外に方法はないのはお前も知ってるだろ」
「知ってるからこそ俺は……っ!」
「知ってるならお前が殺れ。あいつも他の鬼に殺されるより、実の父親に殺されて止めてもらった方が……本望なんじゃないか?」

 その言葉に仲達は黙りこんだ。
 彼があそこまで取り乱したのはこの時以外にないだろう。
 そして覚悟を決めたのか、ぐっと拳を握りしめながら、鬼の姿に|変化《へんげ》する。

「……っくそ!」

 一言そう叫んだ直後に、彼は鴉と神流の二人を夢中で攻撃している化け物──〈狂華〉に陥っている自分の息子の、背後から間合いを詰め。

「──死ねっ!!」

 そう叫びながら、自身の刀で息子の心臓を貫いた。
 時が止まったかのように、一瞬の沈黙が訪れる。
 心臓を貫かれた化け物は、徐々にその化けの皮が剥がれ、もとの子元の姿に戻っていった。
 完全に姿が戻ると、仲達は未だ息子の心臓を貫いたままの刀を、勢いよく抜いた。
 その勢いで、背中からぐらりと倒れかかってくる子元を、彼はしっかりと受け止めて、その場に静かに寝かせてやる。

 先ほどまで引きつけていた鴉も神流も、その様子を黙ってみていた。
 仲達はその場に立ち上がると同時にヒトの姿に戻ったが、|紅《あか》い血液が滴る刀を握りしめたまま、黙って自分の息子を見下ろしていた。
 子元にはまだ息があるようで、今にも止まりそうな呼吸が小さく繰り返されている。
 しかし、心臓を貫いたのだ。
 彼の胸元に広がる赤黒いものは地をも染めており、もう助からないだろうと、誰もがそう思っていたが。

「……神流、こいつの手当をしろ」
「…………え?」

 ただ一人、仲達だけは違ったようだった。
 それまで黙り込んでいた彼の思いもよらない言葉に、神流は思わず怯む。

「早くしろ!!」
「わ、分かったわ!」

 そう言って神流は、医療道具を探しに駆け足でその場を去っていく。

「……無駄だろ」

 そう言いながら仲達の背後から近寄ってきたのは、殺れと|命《めい》を|下《くだ》した人物。
 彼は仲達の隣に並ぶと、軽蔑するような視線で、その場に横たわる子元を見下ろした。

「こいつは助からない」
「うるさい。まだ息があるだろうが」

 仲達は彼の方を見向きもせず、鋭い口調で答える。
 隣にいる人物の対応が気に入らないからなのか、こんなことになった息子に怒っているからなのか──いや、恐らく息子を刺した自分を嫌悪しているからだろう。
 横たわる子元を見下ろす仲達の表情は、睨んではいるもののどこか苦しげな表情だった。
 そんな時に、子元の瞼が僅かに見開かれた。
 ごく一瞬の事だった。

 ──その一瞬の間に見た、父親が自分を殺そうとしたという事実が、子元を絶望に突き落としたに違いない。

 その後、神流の手当を受けて自室に寝かされた子元は、驚異的な回復力をみせた。
 鬼は人間に比べ、傷の治りが圧倒的に早い。
 しかし、いくら早いとはいえ、心臓を貫かれていれば普通は死んでもおかしくない。
 そんな状態だったのにも関わらず、死の淵を彷徨っていたであろう子元は、無事に生還したのである。
 ──その原因は恐らく、父親が刺したから。
 子元の受け継いだ力は、もともと仲達の力。
 同じ力を持つ者が刺したことで暴走が抑えられるのと同時に、回復出来るだけの力が父親から子供に渡ったのだ。

 ──だとすると、あの時仲達に「お前が殺せ」と言った人物は、そのことを知っていたのか。

 なんであれ、彼に対する謎は未だ分からない事ばかりである。

 *
 *
 *

 これが〈狂い咲き〉の事件の全貌だ。
 結果的に子元は生きていたわけだが。

「まあ……どっちも辛かったことに変わりはねーだろうな……」

 妹の鴉はぽつりと呟いた。
 五年ほど前の出来事だった事もあり、まだ記憶に新しい。
 加勢はしなかったものの、兄の鴉も暴走した当時の様子を離れたところから見ていたため、事の|顛末《てんまつ》は把握している。

「ところで兄貴、これからどうするんだ?」
「……何がだ」
「薙瑠だよ。あいつ、子元の側近に配属されたじゃねーか」
「……別にやる事は変わらねぇ」
「あたしは別に構わないけど、てめーはくれぐれもバレないようにしろよ……兄貴」

 真剣な表情で言う妹に対し、分かっている、と一言。

 再び静寂が訪れる。
 今まで雲に隠れていた|玉兎《つき》が顔を出し、木の上で佇む二人を照らしだす。
 月明かりに照らされた時には既に、二人は|人間《ヒト》ではなく、二羽のカラスの姿になっていた。

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 |無《オニニ》 |翼《ツバサハ》 |鬼《ナク》、 |亦《マタ》 |無 変化《ケモノニ ヘンゲスル》|獣《コト ナシ》。
 |然而《シカレドモ》、|持 翼《ツバサヲ モツ》 |者《モノ》 |扱《ヨウジュツヲ》 |妖術《アツカフ》。
 |夫《ソレ》 |則《スナハチ》 |猶 鬼《ナホ オニノ ゴトシ》 |而《ナレド》 |非 鬼《オニニ アラザル》 |者《モノ》 |也《ナリ》。
 |夫《ソレ》 |不 忍《インエイニ》 |陰影《シノバザレバ》、|桜《サクラハ》 |不 咲《サカズ》。
 |若《モシ》 |不 其者 在《ソノモノ アラズンバ》、|物語《モノガタリハ》 |無 終《トコシヘニ 》 |永久《オハルコト ナシ》。

【鬼に翼はない。
 動物に変化することもない。
 しかし、彼ら二人は鬼と同じ妖術を扱う。

 鬼ではない〝何か〟。

 桜の花が咲いたのは、|陰影《かげ》に忍ぶその存在あってこそ。
 もしも彼らが居いなければ、桜の花は咲かず、この物語は永遠に終わらなかったかもしれない──】
 

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