── 第弐章 ──
其ノ参 ── 桜ニ侍リシ陰陽ノ烏 (3/11)
|最初《ハジマリ》|之《 ノ 》|鬼《オニハ》 |独《ヒトリ》 |也《ナリ》。
|家族《カゾク》 |在 而《アレドモ》 |仲間《ナカマ》 |不 在《 ソコニ 》 於 |其処《アラズ》。
|共闘《キョウトウセシ》 |者《モノ》 |皆《ミナ》 |死《シセルガ》 |故《ユエニ》 |最初《ハジマリ》|之《 ノ 》|鬼《オニ》 |独《ヒトリ》 |残《ノコル》。
|此《コレ》 |何遽《ナンゾ》 |惟《タダ》 |其《ソノ》 |鬼《オニノミ》 |残《ノコラン》 |乎《ヤ》。
|此《コレ》 |何遽《ナンゾ》 |為《ソノオニ》 |其鬼《コドクト》 |孤独《ナラン》 |乎《ヤ》。
|夫《ソレ》 |則《スナハチ》、|惟《タダ》 |彼《カレ》 |所以《 ノミ 》 |由《オニ》 |為《タル》 |鬼《ユエン》 |也《ナリ》。
【|最初《はじまり》の鬼は独りだった。
仲間と呼べる存在は、もう誰もいない。
家庭を築いた今、家族と呼べる存在は居るけれど。
戦いを共にした仲間は皆死んだ。
彼を置いて先立った。
何故、彼だけ残ったのか。
何故、彼は独りになったのか。
それは──彼だけが鬼だったからだ。】
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一方その頃、軍議室を後にした|薙瑠《ちる》、|神流《かんな》、そして|鴉《からす》の三人は、軍議室から少し離れた裏庭に来ていた。
まだ|金烏《たいよう》は高い位置にあり、暖かい日差しが裏庭を包んでいる。
木に囲まれた森の中のような場所だからか、そんな時間帯でも人気が全く無いこの場所は、〝秘密の話〟をするのには最適な場所だった。
「っあー! やっぱあいつらといる時は堅苦しいし疲れるぜ全く……」
鴉は裏庭に来るなり、伸びをしたり肩を回し始めた。
そんな彼──いや、|彼女《丶丶》を、神流は呆れたような顔で見ている。
「相変わらずあんたが『俺』って言ってても違和感ないわね」
「それは褒めてんのか貶してんのかどっちなんだよ」
「褒めてるんじゃないでしょうか」
「……お前に言われても嬉しくねーぞ、薙瑠」
眉を下げて怒ったように言う鴉だが、薙瑠の微笑んで言う姿に思わずため息をついた。
言葉こそ悪いが、この鴉という人物、実は女性である。
この事実を知っているのは、現時点では〈|六華將《ろっかしょう》〉だけだ。
「でも、これだけ|仲達《ちゅうたつ》と頻繁に会ってるのに、女だと気付かれないあたり流石よね」
「……だからそれは褒めてんのか貶してんのかどっちだってんだよ」
苛立ちながら返答する鴉だが、殴りかかりたい衝動を、手のひらをぎゅっと握りしめて堪える。
「ところで、鴉……いえ、|紗鴉那《しゃあな》様、話したいこととは……?」
薙瑠が二人の言い合いを止めるようにして、話題を切り出した。
紗鴉那、と言うのが鴉と呼ばれる彼女の本当の名前らしい。
「……ああ、そうだったな。さっきも言ったように|曹操《そうそう》に会えたんだが、その時の事をあんたたちにも伝えておこうと思ってな」
真剣な表情になって紗鴉那は言う。
「曹操は全て知っていたみたいだ。
母親の正体のことも、そして……彼女が犯した過ちの事も」
「じゃあ曹操は……私達が現れることを知っていた?」
「そういうことだ」
神流の問い掛けに、紗鴉那は頷く。
「だから、あたしたちの事も話したんだ。
〈六華將〉の目的のことを」
「目的……とは、この世界を元に戻す……ことですよね」
薙瑠も言葉を挟みつつ、紗鴉那の話を聞いている。
「ああ、そしたらさ、曹操はこう言ったんだよ。
『お前たちのことを優先しろ、仲達には手を出さないように言え』ってな。
だからあたしは、あの言伝を仲達に伝えたってわけだ」
「あの人がまだ表舞台に立っていた頃、私は何度か会ってたけど、その時は〈六華將〉の話なんてしなかったから……そこまで協力的だったなんて、驚いた」
「だろ? 理由は聞いてないが、あいつなりに何か思うことがあったんだろうな。
……何処か寂しそうに見えたから」
そう言って、紗鴉那はどこか遠くを見るように空を見上げた。
それにつられるようにして、神流と薙瑠の二人も空を見上げる。
ふわり、とそよ風が吹く。
その柔らかな風が三人の髪を揺らし、一時の静寂が訪れた。
そんな中、突如ばさばさと羽音が響く。
三人が同時に羽音がした方へと視線を移した。
木々の間から現れたのは真っ黒な一羽のカラス。
三人の近くに着地したかと思えば、小さな疾風がカラスを包み、再び姿を現した時にはカラスではなく、|人間《ヒト》の姿になっていた。
しかし、その背には茶色い翼が在るという、奇妙な|人間《ヒト》の姿をしている。
「まだ昼間だぞ、お前の存在を誰かに見られてたらどうするつもりだ、兄貴」
紗鴉那が突如現れた人物に向かって、嫌そうな顔をして言い放つ。
兄貴、と呼ばれた彼の容姿は、紗鴉那にそっくりだった。
明らかな違いがあるのは身長と、前髪の特徴的な癖毛。
紗鴉那よりも背が高く、癖毛に関しては左に流れる彼女とは逆で、右側に流れている。
「……問題ない。誰も居ねぇことを確認したから姿を現した」
「そーかよ」
軽く舌打ちをしながら睨む紗鴉那に対し、彼も睨み返している。
──とは言え、彼の睨むような、というよりは怒ったような顔つきはいつもの事で、その点は仲達に似ているのかもしれない。
そんな二人を見て、神流はため息をつき、薙瑠はくすくすと笑っていた。
それに気付いた紗鴉那は、笑う薙瑠の方へ顔を近づけて怒ったように言う。
だが、その声音は親友にでも言うように穏やかなもので。
「なーに笑ってんだよ薙瑠」
「いえ、|鴉斗《あと》様が来ると、いつも賑やかで楽しそうだなと」
薙瑠は翼を持つ彼の事を鴉斗、と呼んだ。
「確かに賑やかだが楽しくはねーぞ……」
「薙瑠ちゃんにはそう見えてるんだからそういう事で良いじゃない」
「……っこの野郎……」
にやにやしながら|揶揄《からか》うような神流の言葉に、紗鴉那は納得がいかないような顔をしながら、うるせぇなと内心で反論する。
そしてむしゃくしゃするように片手で頭を掻いたあと。
紗鴉那は先程までの嫌そうな顔からは一転して、真剣な眼差しで鴉斗を見た。
「んなことより……お前が姿を現したってことは、何か動きがあったんだな?」
鴉斗は紗鴉那をちらりと横目で見た後、薙瑠に視線を移す。
そして静かに。
「蜀が動き出した。
──来るぞ、|狼莎《ろうさ》が」
そう告げた。
その言葉に薙瑠だけでなく、紗鴉那や神流も目も目を丸くする。
「それは……狼莎様と戦うことになると、そういう事ですか……?」
「ああ。俺達の仲間でも、国として攻めてくるなら……その時は敵だ」
ゆっくりと言葉を紡いだ薙瑠に、鴉斗は否定することなく答えた。
その返答を聞き、薙瑠は僅かに俯いて寂しそうな顔をしたが、直ぐに顔をあげて真っ直ぐな瞳を彼に向ける。
「……分かりました。このことは仲達様にも伝えなければなりませんね」
「そうね、でも私達がこの話をするよりも、紗鴉那──いえ、鴉に任せた方が良さそうね」
「はい」
神流と薙瑠の言葉に、紗鴉那はむすっとした顔をしたあと、小さくため息をつきながら、分かったよ、と頷く。
「あたしは今からこの事を仲達に伝えに軍議室へ行く。あんたたちはどうする?」
「私達も軍議室に戻るわ」
「そうですね」
「……俺はもう一度、狼莎の元に行く」
鴉斗はそう一言呟いた後、踵を返して森の方へと向かう。
そして再びカラスの姿へと戻り、空へと飛び立った。
「狼莎の方は兄貴に任せといて大丈夫そうだな。……よし、戻るか」
紗鴉那の言葉を合図に、三人は軍議室へと向かう。
秘密の時間が流れた裏庭。
誰も居なくなったその場所には、静かに風が吹き、木々の葉をざわざわと揺らしていた。
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