華鬼灯 -ハナホオズキ-

── 第弐章 ──
其ノ捌 ── 桜ヲ守レド護ル能ワズ (8/11)

 白い霧と、柱に囲まれた空間の中。
 |子元《しげん》が|伯約《はくやく》と刃を交えていた頃、桜と菊──厳密には桜と狼が、その手を止めることなく闘っていた。
 どちらも引けを取ることなく、刀による互角の撃ち合いが続いている。

 紅玉の太刀筋、|銀《しろがね》の閃き。
 それらと共に、桜色の和服と灰色の毛並みが靡く、奇妙で、而して妖艶な世界が、其処に展開されていた。

 撃ち合いから互いに距離を取ったとき。
 狼が再び地を蹴って間合いを詰める。
 一方で薙瑠は、狼が目の前に接近した、その瞬間を狙って。

「〈|紅桜《くおう》・|八重《やえ》ノ|型《かた》〉!」

 横に薙ぐ一振りで幾重にも重なっている刃が、狼を襲う──かと思われた、その刹那。
 狼の青白い瞳が煌めき。
 見えない盾のようなものが、その斬撃を防いだ。
 その衝撃で辺りに暴風が吹き荒れ、霧も瞬く間に消えていく。
 薙瑠も後方へと吹き飛ばされるも、宙で一回転して軽快に着地した。

「私相手だと、分が悪いんじゃない~?」

 刀を咥え、低い態勢で睨む狼の後方で、狼莎が穏やかに微笑んだ。
 彼女は薙瑠と狼の戦闘中、その場から一歩も動いていない。
 そんな彼女を、薙瑠は笑みを浮かべることなく、桃色の双眸で鋭く射抜く。

「……そうですね。
 今目の前にいる狼は、〈|神霊術《しんれいじゅつ》〉で呼び出した、神使の一種である狼の|分御霊《わけみたま》──即ち分身体、ですよね」
「うん、そうだよ〜」
「神使の中には、守護するべき対象への妖術による攻撃を、防ぐ力を持つ者がいる。
 狼もその一種で、分身体でも本体と同様の力を持つ……ですから、その狼がいる限り、私の攻撃が通ることはないでしょう」
「ふふふ、その通りだよ〜。
 薙瑠ちゃんもそういう顔、するんだね~」

 人が変わったかのような薙瑠の顔つきに、狼莎は何故か嬉しそうに笑っていた。

「妖術が封じられるのなら」

 瞬間、薙瑠の姿が消えた。
 ──かと思われた、直後。
 彼女は狼莎の背後に姿を現した。
 狼莎に振り返る隙を与えることなく。

「本人を直接狙えばいい!!」

 刀を振りかぶり、上から下へと、将に振り下ろさんとしたが。

 そんな彼女の動きは、完全に読まれていたらしい。

 狼莎は瞬間的に振り返り、その双眸に薙瑠の姿をしっかりと捉え。

「〈|斬菊《きりぎく》・|斬《ざん》ノ香《こう》〉!」
「──っ!」

 いつの間にか手にしていた刀を、大きな隙ができていた薙瑠の腹部めがけて薙いだ。
 しかし間一髪、薙瑠は後方に飛び退き、直撃を避ける。
 
 切っ先が僅かに薙瑠の腹部を捉え、彼女の着物に傷が付く。

 後方に飛び退いた薙瑠に、今度は狼莎が隙を与えることなく。

「〈|斬菊《きりぎく》・|翔《しょう》ノ|香《こう》〉」

 そんな言葉を紡ぎ、その場で刀を軽く薙ぐ。
 刹那、その太刀筋から無数の菊の|花弁《はなびら》が、薙瑠目掛けて飛翔する。

「っ!」

 目の前に迫るそれを、薙瑠は瞬間的に上に飛んで避けた。
 背後で轟く音。
 僅かに後ろを振り返れば、|花弁《はなびら》が直撃した柱が、いとも簡単に倒壊している景色が目に映る。
 焦りもせずに、その景色を目に焼き付けたあと、彼女は再び前を向く。
 その双眸に映るは、狼莎の更に後方にいる、両軍の兵士たち。

 彼らを──巻き込むわけにはいかない。

 静かに、而して鋭い視線で兵士たちを捉える桃色の瞳には、そんな強かな意思が込められているようだった。

「油断してると直撃しちゃうよ〜」

 足元からそんな声が聞こえると同時に、刃の如き無数の|花弁《はなびら》が下から飛来する。
 宙に舞う今、薙瑠にそれを躱す術がない。
 そんな彼女は、刀を振りかぶり。

「〈|紅桜《くおう》・|八重《やえ》ノ|型《かた》〉!」

 一振り薙いで、幾重にも重なる斬撃を放った。
 それにより菊の|花弁《はなびら》は散り散りに裂かれ、消滅する。
 さらにその斬撃は、とどまることなく狼莎目掛けて飛んでいくが。
 すかさず狼が間に入り、守護の力で狼莎を守る。

 着地した薙瑠に、間髪開けることなく、菊の|花弁《はなびら》が飛来する。
 彼女はそれを、素早く躱す。
 地の上を駆けて、時には宙に飛んで。
 次から次へと襲い来る菊の舞を、一度も身に受けることなく、尚且つ味方を巻き込まないよう、その方向に行くことなく躱した。
 彼女が躱すことにより、周囲の柱が至るところで崩壊している。
 その音を聞きながら、いつまでも躱してるばかりではいられないと、そう思った彼女は。
 菊の飛来が収まった一瞬の隙に足を止め、自分めがけてかけて襲い来る狼の姿を、しっかりと捉えながら。

「〈|紅桜《くおう》・|霞《かすみ》ノ|型《かた》〉」

 静かに言葉を紡いだ。
 直後、|狼莎《ろうさ》の狼が彼女に襲いかかる。
 しかし、狼のくわえる刀が薙瑠を斬りつけた瞬間。
 狼の視界を覆うほどの桜が舞い、その場にいるはずの彼女の姿は消えていた。
 狼の斬撃は虚しく空を斬ったのだ。

「〈|霞《かすみ》ノ|型《かた》〉……桜の鬼が得意とする、幻術を用いた型。
 ここで出会ったときから思ってたけど、敵になるととてもやっかいね〜」

 おっとりとした、しかし冷静に事を分析する狼莎は、狼を自分のもとへと呼び戻す。
 そして、自身の刀を地面に垂直に突き立てて。

「逃さないよ〜、〈|斬菊《きりぎく》・|開花《かいか》〉」

 すると突如、辺り一面に数多の菊が現れる。

 ──見えないならば、見えるようにすればいい。

 姿を消している間、薙瑠は攻撃を仕掛けるために、なんらかの動きをするに違いない。
 狼の嗅覚だけでは、確実に狙いを定めることができなくても。
 一面に花を咲かせておけば、動きに応じて|花弁《はなびら》が舞い──その居場所を特定することが可能になる。
 姿を消している彼女を捉えるための、狼莎なりの対策だった。

 数多の菊が一面に花を咲かせた直後、僅かにふわり、と花弁が舞った箇所があったらしい。
 狼莎の隣で、彼女の背後を見ていた狼が威嚇するように小さく唸り、瞬時にその方向へと駆け出した。
 それを合図に、狼莎も後ろを振り返る。
 当然ながら、薙瑠の姿を捉えることはできない。
 しかし、居場所を捉えられた薙瑠もそのまま攻撃を受けるような事はせず、逆に狼に向かって駆け出したようで。
 姿は見えないものの、彼女の居場所を知らせるように、彼女が通った場所に花弁がふわりふわりと舞っていた。
 二つの刃が交錯する──かと思われた、その瞬間。
 突如、花弁の舞う動きが無くなった。

 ──薙瑠が上へ飛び、狼の斬撃を避けたのだ。

 忘れてはいけないのは、彼女の姿は狼莎たちの目には見えていないという事。
 空中へ避けた今、狼莎からは薙瑠の行動を予測できない。

 ──まずい。

「〈|斬菊《きりぎく》・|散《さん》〉!」
「〈|紅桜《くおう》・|緋寒《ひかん》ノ型《かた》〉!」

 後方に飛び退きながら発した狼莎の言葉と、桜の|花弁《はなびら》と共に空中で姿を現した薙瑠の言葉が重なった。
 しかし、僅かに狼莎のほうが早かったようで、空中から薙瑠の刀が振り下ろされる瞬間、辺り一面に咲いていた菊の花弁が舞い上がり、薙瑠の視界を塞ぐ。
 その影響で、僅かに薙瑠の動きが止まった。

「|灰《かい》!」

 その一瞬の隙に狼を自分のもとに呼び、守護の力による見えない盾を用いて、薙瑠の攻撃を防いだ。
 斬撃が盾に弾かれ、その衝撃でごうっと突風が吹き荒れる。
 その衝撃を避ける余裕がなかったらしい薙瑠の身体は、後方に勢い良く吹っ飛び。
 激しい音を立てて、背中から岩の柱に衝突した。
 幸い倒壊することはなかったが、柱は大きく抉れ、薙瑠はその場に倒れ込む。
 しかしすぐに、ゆっくりとその場に立ち上がる。
 衝突による粉塵が収まり、視界が晴れたとき。
 薙瑠は柱の上から、地上にいる狼莎を見下ろす。

「薙瑠っ……!?」

 突如、少し離れた柱の方から、そんな声が降ってきた。
 聞き慣れた、男性の声。
 それが子元の声であると瞬時に把握したからこそ、薙瑠はその姿を確認することなく、じっと鋭く、それでいてどこか冷たい視線で、狼莎を見据えている。

 そんな彼女の視線を受けながらも、狼莎はいつもと変わらず、優しく微笑んでいる。
 しかし、狼莎は冷静に薙瑠の行動を分析していた。
 彼女のいる柱の上には、いつの間に来たのか、伯約と子元の姿があり。
 二人を巻き込まないためにも、瞬間的に間合いを詰めて来るに違いない。
 その前にこちらから──そう思い、菊を飛翔させようと、刀を振りかぶったとき。

「──待って」

 静かに、しかしはっきりとした言葉が発せられた。
 その声の主はもちろん薙瑠だ。

 直後、辺りに戦場とは思えない静寂が訪れる。
 その言葉の意味するところが分からなかった狼莎だったが、薙瑠が自分ではなく、更に後方へと視線を向けていることに気付く。

「……薙瑠ちゃん?」

 不思議に思った狼莎は、構えを解いて呼びかけるが、薙瑠は黙って何かを見つめていた。
 そして暫くした後、軽快に地上に降りて、狼莎の元へ駆け寄ると。

「……見張られてる」

 静かな声で、而してその視線は狼莎以外の〝何か〟に向けたまま、そう言った。

「……え?」
「偶然、視界に入ったのですが。
 何もせずその場に立っているだけで……こちらをずっと見ている人がいるんです」

 狼莎は不思議に思いながら、薙瑠が見る方へと振り返る。
 しかし、乱立する柱と倒壊した柱の景色があるだけで、そんな人物は見当たらない。
 狼莎が薙瑠へ視線を戻すのと同時に、薙瑠は漸く、狼莎と目を合わせた。

「私には、その人がどこにいるか分からないけど……もしかして……」
「……はい。彼は姿を消しています。恐らく、私にしか視えないはずです」
「やっぱりそうなんだね〜……」

 納得したように狼莎は頷いた。
 薙瑠にしか視えない。
 彼女の眼は特殊で、〝視えないものが視える〟眼なのである。
 そんな彼女の眼に映るもの。
 それは、何らかの方法で姿を消しているものか、普通は絶対に視えないもののどちらかであるという。
 今彼女が視ている人物は前者にあたる。
 そして後者のひとつに当たるのが〈華〉だ。
 彼は二人からかなり離れたところに立っている。
 僅かな風が吹き、その風に乗るように砂埃が舞っていることもあり、顔まではよく分からない。
 ただ、その格好や体格からおそらく男性であろうことは分かった。
 そんな彼が突如、左手をあげた。

 ──何かの合図だろうか。

 そう思った刹那。

 何かが割れるような、甲高い音が|木霊《こだま》して。

 彼女の|変化《へんげ》が、解けた。

 ──否。

 彼の手によって|解かれた《丶丶丶丶》、と言ったほうが正しいだろう。

「……え……」

 薙瑠の周囲にガラス片の様なものが舞い、空へと消えていく。
 鬼の姿だった彼女は、ガラス片が飛び散るように変化が解け、|人間《ヒト》の姿に戻っていた。

「……え? 薙瑠ちゃん?」

 驚いたように目を丸くしている狼莎が声をかけるが、薙瑠は何も答えなかった。
 驚きのあまり理解が追いついていないのだろう。
 彼女も驚きの表情で、自分の姿を見下ろしていた。

 本来ならば、鬼の|変化《へんげ》は他人が解くことが出来るものではない。
 それが今は解けたのだ。
 ──彼がただ、左手をあげただけで。

「……なんで……」
「今の……変化が解けたのは……」
「私の意思じゃありません。彼が……」

 そう言いながら改めて彼の方へと視線を移す。
 しかし、そこにはもう、彼の姿は無かった。

 彼は何者なのか。
 彼の目的は何なのか。
 そして、どうして他人の変化を解くことができたのか。

 そんなことを考えながら呆然と立ち尽くす薙瑠に、狼莎は静かな口調で語りかける。

「落ち着いて。薙瑠ちゃん、もう一度鬼に変化することはできる?」

 声をかけられて我に返った薙瑠は、狼莎に言われて変化する。
 特に異常はなく、普通に鬼の姿に変化できた。
 それどころか、身体的にも精神的にも、何も異常は無いのだ。
 彼はただ、変化を解いただけなのである。

「彼は一体……何者なんでしょうか……」
「私は姿を見てないから分からないけれど……でも、何か異変が起こっている……気がする」
「異変……?」
「まだ確証はないけれど、変化を解かれたとき、何かが割れるような音がしたよね。その音が、結界が破られた音に似ていたの」
「結界が、破れる音」

 狼莎の言葉を復唱する薙瑠には、その言葉に心当たりがあった。
 その心当たりあるものを利用すれば、|桜の鬼の《丶丶丶丶》変化を解くことが可能になる。
 そしてそのことは、薙瑠だけでなく、狼莎も同じように考えていた。

 そんな彼女たちの元に、とある二人が駆けてくる。
 柱の上で傍観していた、|子元《しげん》と|伯約《はくやく》だ。

「狼莎、何かあったのか?
 急に戦闘を中断したから気になって様子を見に来たんだが」

 駆けつけるなり、伯約は単刀直入に問うた。
 そんな伯約を見て、狼莎は小さく微笑む。

「少し気になったことがあったんだけど……まだ何も確証を持ててないから、確証を持てたときにまた報告するよ〜」
「それは……あの割れるような音に関しても、か?」
「……うん、そうだね」

 狼莎の頷きに、僅かな間が生じた。
 伯約はそれが気になったようだが、特に問い詰めることはせず。
 分かった、と小さく頷いた。
 そんな中、薙瑠は何かを考え込むように、己の手のひらを見つめており。

「……薙瑠?」

 不思議に思った子元が名を呼べば。
 薙瑠はびくりと肩を震わせて顔を上げる。

「大丈夫か?」
「は、はい……大丈夫です、すみません」

 心配そうな顔をする子元に、薙瑠は申し訳なさそうに謝罪する。
 今の彼女に、狼莎と戦っていたときのような冷たい表情はなく。
 いつも通りの、柔らかい彼女に戻っていて。
 そのことに、子元は誰よりも安堵していた。

「帰るか」
「……は?」

 突如紡がれた伯約の言葉に、子元が素っ頓狂な声を上げた。
 狼莎も伯約に賛同するように、そうだね〜と呑気に頷いている。

「お前……桜と戦うために来たのではなかったのか?」
「いいや、本当はそのつもりだったさ。
 だけど、なーんか、やる気が失せた」
「……はぁ?」

 気分屋にも程があるだろうと思いながら、子元は怪訝な顔をする。
 一方で薙瑠は、「桜と戦うため」というその言葉で、何かに気付いたようで。
 どこか不安そうな声で伯約に声をかけた。

「……伯約様、あなたは……」
「ああ、今お前が思ってる通りで間違いないぜ。
 今回のことは全て、狼莎の計らいあってのことだ」
「薙瑠ちゃんのことだから、言わないほうが本気で相手してくれるだろうと思ったの〜」
「……そうだったんですね」

 二人の言葉に、薙瑠の瞳は悲しそうに揺れていた。
 そんな彼女を安心させるように、狼莎は微笑む。

「大丈夫、もう終わったことだから」
「……はい」
「じゃあまたね、薙瑠ちゃん」
「はい、狼莎様もお気をつけて」

 狼莎は小さく手を振ると、伯約と共に兵士たちのいる方へと去ってゆく。
 徐々に小さくなる二人の後ろ姿を見届けながら、今まで黙って話を聞いていた子元が、漸く口を開いた。

「薙瑠、あいつ……伯約は一体、お前と戦ってどうする気だったんだ……?」
「……それは」

 二人の後ろ姿を見ながら、僅かに言葉を噤んだ彼女だったが、直ぐに静かに紡がれた。

「私に斬られることで……死ぬつもりだったんでしょう」

 彼女の言葉に、子元は目を丸くする他なかった。
 辺りに冷たい風が吹き。
 薙瑠と子元、それぞれの髪を揺らす。

 桜と戦うこと、即ち桜に斬られるということ。
 その斬られるということこそが、桜に喰われることを意味するのだと。
 そして更に。
 桜は鬼を斬ることで、その妖力を喰らうのだと。

 ──遅ぇんだよ。
 ──そんなんじゃ……桜に|喰われる《丶丶丶丶》ぞ。

 ──|お前が《丶丶丶》|知らなければ《丶丶丶丶丶丶》|ならない《丶丶丶丶》ことだ、|司馬《しば》子元。

 そんな伯約の言葉が、子元の中で反復していた。

「安心してください」

 どこか不安を覚えている気持ちが顔に出ていたのだろう。
 子元を見ながら、薙瑠は柔らかく微笑んだ。

「まだ時間はあります。
 これからゆっくりと、進んでいけばいいんです」

 頭の中を見透かしたかのような言葉に、子元は半ば驚かされるも。
 その言葉が、色々な事で混乱気味の彼にとって、とても安心できるものであることは間違いなかった。
 そのせいで、気が緩んだのだろう。
 子元は漸く、その|表情《かお》に小さな笑みを浮かべた。

 そんな彼に応じるように、薙瑠も小さく微笑む。
 そして彼女はふと、空を見上げた。
 気付けば|金烏《たいよう》は傾き、空は|朱《あか》く染まりつつあった。
 その朱い色が、どこか不吉な雰囲気を醸し出していて。

 ──嫌な予感がする。

 根拠があるわけではなく、ただなんとなく、そう感じた。
 そして、このときの彼女はまだ知らなかった。

 残りの時間など、殆ど残されていないという事実を。

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 |被操 傀儡《アヤツラレシ クグツ》、|為《サクラノ》 |桜《クラフ》 |所《トコロト》 |喰《ナル》。
 |夫《ソレ》 |則《スナハチ》、|桜《サクラ》 |吸収《ソノ ヨウリョクヲ》 |其 妖力《キュウシュウスルコト》 |也《ナリ》。
 |以是《コレヲモッテ》、|桜《サクラ》 |所 集《ヨウリョクヲ》 妖力《アツムル トコロ》 |也《ナリ》。
 |然而《シカレドモ》、|不 在《サクラノ モチシ》 |桜 持 刀《カタナ アラザレバ》 |不 成《ナラズ》。
 |其《ソノ》 |刀 能力《カタナノ チカラ》、|因《ショウ》|〈逍遙樹〉《ヨウジュニ ヨル 》|者《モノ》 |也《ナリ》。
 〈|逍遙樹《ショウヨウジュ》〉、|密《コノ》 |在《セカイノ》 |於《ドコカニ》 |此時間 何処《ヒソカニ アリ》。

 |桜《サクラ》|之《ノ》〝|始《ハジマリ》|与《ト》|繋《ツナガリ》|之《ノ》 |記憶《キオク》〟|眠 其樹《ソノ キニ ネムル》。

【|傀儡《くぐつ》を操り、桜に喰わせる。
 それ即ち、桜に傀儡を斬らせ、その|妖力《ようりょく》を吸い取らせること。
 こうして桜は、妖力を集めていく。
 けれどその|能力《ちから》は、桜が持つ刀があってこそ。
 その刀の|能力《ちから》は、〈|逍遙樹《しょうようじゅ》〉があってこそ。
 この|時間《せかい》の|何処《どこ》かに、密かに存在する〈逍遥樹〉。

 その樹に、桜の〝始まりと繋がりの記憶〟が眠っていた。】

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