── 第参章 ──
其ノ壱 ── 真ヲ知ルハ妖シキ桜 (1/11)
|三人目《サンニンメノ》 |桜《サクラ》 |者《ハ》 |被害者《ヒガイシャ》 |也《ナリ》。
|桜《サクラノ》 |彼女《カノジョ》 |者《ハ》〝|偽《イツハリノ》 |彼女《カノジョ》〟|也《ナリ》。
〝|真《マコトノ》 |彼女《カノジョ》〟|者《ハ》〝|始《ハジマリ》|与《ト》|繋《ツナガリ》|之《ノ》 |記憶《キオクニ》〟在《アリ》。
|逢《マコトノ》 |真 自分《ジブンニ アヒシ》 |時《トキ》、|眠《オノレニ》 |己《ネムル》 |知《イナル》 |異存在《ソンザイヲ シル》。
|其《ソノ》 |存在《ソンザイ》、|彼女《カノジョヲ》 |使 為 被害者《ヒガイシャタラシメ》、
|為《セカイヲ》 |狂 時間《クルハセタル》 |元凶《ゲンキョウ》 |也《ナリ》。
【被害者である、三人目の桜。
桜の彼女は〝偽りの彼女〟。
〝|真《まこと》の彼女〟は〝始まりと繋がりの記憶〟の中にいる。
彼女が|真《まこと》の自分に出会ったとき。
自身の中に眠る|異《い》なる|存在《もの》に気付く。
それこそが、彼女が被害者になった原因であり。
この|時間《せかい》を狂わせた元凶だった。】
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|子元《しげん》と|子上《しじょう》、そして|薙瑠《ちる》が|蜀国《しょくのくに》との戦から帰還してから、さらに数日後のこと。
別行動を取っていた|神流《かんな》と|鴉《からす》も、|魏国《ぎのくに》の都・|洛陽《らくよう》に帰還した。
二人は帰還するなり、軍議室に武官を招集するよう|仲達《ちゅうたつ》に願い出る。
|金烏《たいよう》が沈みかけ、朱く染まる空の下。
|蝋燭《ろうそく》の灯火がゆらゆらと揺れる薄暗い軍議室に、いつもと同じ顔触れが揃う。
全員が集まったのを確認するなり、鴉は単刀直入に話を始めた。
「魏の領内に|呉国《ごのくに》侵入の疑い──いや、呉国と繋がってる村がある」
静寂と僅かな緊張に包まれる中、鴉は淡々と言葉を続ける。
「先日、蜀との戦いがあったな。あれは確かに蜀が独自に起こした戦だ。だが、それを上手く利用して、呉が陰で動いてやがった」
「目的は何だ」
鋭い目つきで、自身の隣に立つ鴉を睨みながら問い掛ける仲達。
その問いに答えたのは、鴉と行動を共にしていた神流だった。
「まだ確証は無いけれど、ほぼ間違いなく、私たち〈|六華將《ろっかしょう》〉──いえ、薙瑠ちゃんを狙った行動だと思うわ」
「……」
自分の名前が出たことに驚くでもなく、薙瑠はただ黙って話を聞いていた。
やはり、あのとき見た人物は、意図的に|変化《へんげ》を解いたのだ。
──だとすると。
結界が破られたような音、というのは。
薙瑠がそんなことを考えている間に、仲達が再び口を開く。
「村と繋がりを持つことが、何故桜を狙うことに繋がる?」
「その村に桜の弱点があるんだよ、その弱点を呉の奴等が見つけやがったんだ。
──〈六華將〉を囚えて、な」
鴉の言葉に、全員が驚いたように目を丸くした。
薙瑠に関しては、愕然とした表情で、両手で口元を覆っている。
けれどこの瞬間、彼女は確信していた。
──この一連の出来事は全て、繋がっているということを。
「〈六華將〉って……一体誰が囚えられたの?」
「|柊《ひいらぎ》よ。
──柊に潜む〝|隠《かくれ》〟の|白蛇《しろへび》は
雪に忍びて姿を消す───
その柊」
「……やっぱり、呉国にも〈六華將〉は居たんだね」
子上と神流のやり取りを聞き、それまで黙っていた|仲権《ちゅうけん》も疑問を口にする。
「でもよ、〈六華將〉なら相当な実力を持ってることには違いないよな? そう簡単に囚えられるのか?」
「できますよ」
凛とした声が響き、室内に静寂が訪れた。
その声の主は、先程まで呆然としていた彼女──薙瑠だ。
薙瑠は僅かに視線を落としながら、静かに、しかしはっきりと言葉を紡いでいく。
「姿を消せばいいんです。
自身の姿を消す──つまり〝視えない〟状態で近付けば、妖気は感じ取れても太刀筋までは読めません」
辺りがしん、と静まり返る。
どうやら神流と鴉、そして蜀との戦の中で、薙瑠が姿を消す様子を見ていた子元と子上以外の者は、彼女の話を信じることができていないようだった。
「視えない状態……人間が口を挟むことではないかもしれませぬが、姿を消す等、そんな大層なことを可能とする鬼がいるなど、聞いたことはありませぬな」
「確かに。しかし、それは飽くまで|私《わたくし》たちが聞いたことないだけであって、実際には存在したかもしれませんね。
現に、桜の鬼……薙瑠殿の件もそうですし」
|伯済《はくせい》と|公閭《こうりょ》の話に、薙瑠は軽く頷いて肯定すると、再び言葉を紡ぎだす。
「その通りです。
彼は今までその能力を隠してきた──いえ、他国、即ち|魏国《このくに》や蜀国に、彼の能力を見破れる人物が居なかったために、そんな鬼がいることに気付けなかったのだと思います。
ですから現に今、姿を消す能力を持つ鬼が居るんです。──呉国に」
「……何故呉国だと断言できるんだ?」
それまでの話を黙って聞いていた子元が問う。
隣から投げかけられたその質問に、薙瑠は直ぐには答えなかった。
そんな彼女の様子を見て、何かを察したのは神流と鴉。
「薙瑠ちゃん」
「視たんだな」
二人がほぼ同時に呟いた。
その呟きに応じるように、薙瑠は真っ直ぐと仲達を見る。
そしてしっかりとした声で答えた。
「──はい。先日の戦いにて。
私は、視えない姿の呉国の人を確認しました」
驚いたように薙瑠を見る子元と子上。
まじかよ……と声に出している仲権や、声には出さないもののじっと彼女を見る公閭。
反応は様々だが、皆驚いているようだった。
戦から帰還したあと、三人で戦況報告を済ませたが、その時に彼女はそのことを伏せていた。
だからこそ、視たということに驚いてるのはもちろんのこと、伏せていたことを怪訝に思う人も居るだろう。
まさにその後者にあたる態度をとったのが、仲達だった。
「何故その事を報告しなかった?」
薙瑠を睨み付けながら、低い声で言葉が紡がれた。
一瞬にして空気が張り詰めるが、彼女は怖気づく事なく対応する。
「確信が持てなかったからです。曖昧な情報は混乱させることになりかねないと思ったので伏せました。
しかし、鴉様や神流様の報告を聞く限りは、間違いなく呉国の者だと思われます」
「……」
しっかりと受け答えをする彼女の発言対して仲達は無言のままだったが、彼女なりに考えた上での対応だったことは理解したようだった。
「……あー……いろいろと話があって混乱してるかもしれないが……」
鴉は頭を掻きながら、間が悪そうに呟いた。
その後すぐに机に片手をつき、身を乗り出すような体勢になると、真剣な表情になる。
「本題はここからだ。呉との繋がりを持つ村にどう対応するか。因みに、その村の所在はここになる」
そう言いながら、机上に広げられている地図のほぼ中心の位置を、指先でとんとんと叩く。
三国の中心辺り──蜀からも呉からもそう離れていない、魏の領土の端に位置する村。
地図上のその場所に、子元は見覚えがあった。
(その場所は確か……過去に訪れたことが……)
心の中でそう呟きながら、とある過去の出来事を思い出す。
それは幼い自分にとっては、衝撃的な出来事だった。
自分自身にいろいろな事があり過ぎて今まで忘れていたが、一度思い出してしまえば、その時の、とある少女の表情を今でも鮮明に思い出すことができる。
その子のあの|表情《かお》は──父も見ていたはずだ。
そんなことを思いながら、ちらりと父の方へ視線を移すと、偶然にも二人の視線がぶつかった。
それに驚いて、子元は慌てて目をそらす。
そんな息子の態度が気に食わなかったのか、仲達はあからさまに舌打ちをした。
そして突然、こんなことを言ったのだった。
「未だに過去のことを引きずってんじゃねぇこの馬鹿が」
「!?」
「は……?」
父親から思いもよらない言葉を投げかけられて思わず言葉を失う子元と、急に何を言ってんだお前は、とでも言いたげに反応する鴉。
室内に一瞬の静寂が訪れるが、それに構うことなく仲達は言葉を続けた。
「その村にある桜の弱点が何なのかまずは説明しろ、鴉。その後はそこに居る馬鹿に任せる」
「……は?」
先程まで言葉を失っていた子元が、ちょっと待てと言わんばかりに反応した。
彼の言う「そこに居る馬鹿」とは、もちろん子元のことだ。
「……何故私なのですか、父上」
「とぼけるんじゃねぇ馬鹿息子」
「大真面目ですが。
過去のことは今は関係ないでしょう」
「関係なくても気にしてんのはてめぇだろうが」
「気にしてません」
「その半端な状態で居られるのが困る」
「だから気にしてないと言ってますが」
「あぁ? だったらなんでそんな顔してんだいい加減にしろ」
「……は……?」
「……子元様」
隣りに居た薙瑠が、彼の袖を軽く引っ張りながら、小声で名を呼んだ。
彼女の方へ顔を向けると、どこか心配そうに見上げる彼女と目が合う。
「先程から……辛そうな顔をされてます。
……大丈夫ですか?」
彼女からそんな言葉が紡がれ、子元はハッとした。
ようやく自分がどんな顔をしていたのかに気付いたのだ。
心のどこかで、過去のことを無理矢理忘れようとしていた自分がいたらしい。
一度自身を落ち着かせようと軽く深呼吸をしたあと、ふと自身の手のひらに視線を落とす。
(あれは……あのときは、まだ自分が幼かったから……)
いくら幼かったとは言え、自分のせいでその少女を裏切るような形になってしまったのには違いない。
その結果、その子の顔に浮かんだ──絶望の|表情《かお》。
忘れる訳がない。
──いや、忘れてはならないことだ。
子元は見つめていた手のひらをぎゅっと握りしめて、再び父へと視線を戻す。
真っ直ぐと見つめるその顔に、先程までのつらそうな表情は消えていた。
「……父上、私がその村へ行って……確かめます」
「……」
その言葉には、二つの意味が込められている。
呉国との繫がりを確かめることと、その少女についてのこと。
それを知るのは、ここでは子元と仲達のみである。
そのことをしっかりと汲み取った仲達は、何も言うことなく、次の話題を切り出した。
「鴉、次はお前の番だ」
「お、おう、分かった」
親子二人のやり取りに呆気に取られていた鴉は、突然話題を振られ、慌てて頷く。
どこか重苦しい空気が流れる中、鴉は桜の弱点についての話をした。
神流や薙瑠も、時々言葉を挟みながら、皆に事情を説明していく。
その村に、桜の弱点ともなる〈|逍遙樹《しょうようじゅ》〉という桜の木があること。
〈逍遥樹〉の周囲には結界が張られており、普段は普通の木にしか見えないが、本当は妖しく輝く桜が年中咲いている木であるということ。
その桜が咲いていることで、桜の鬼は鬼としての力を使えているということ。
そして今──その結界が呉国によって破られ、桜の鬼が力を使えなくなる可能性が出てきているということ。
「だから、桜の鬼の弱点は〈逍遥樹〉なんだ。その木から力を供給してるってことは、その木が傷を負うと供給が途絶える。それを防ぐ為の結界だったんだがな……」
「柊が囚えられたのは〈|六華將《わたしたち》〉にとっても誤算だったわ」
「まあ起きたことを嘆いてもしょうがねーよ。だからこれから取るべき対策を、子元、お前に手伝ってもらいたい」
鴉はそう言って、子元を見る。
子元は任せろとでも言うように、しっかりと頷いて応えた。
長い話し合いが幕を閉じる頃には、既に日は沈み、暗闇が国全体を覆っていた。
そんな中、輝いているものが二つ。
ひとつは蒼白く光る空の|玉兎《つき》。
そしてもうひとつは──〈逍遥樹〉。
結界を破られ、真の姿を現した桜は、闇に覆われた国の片隅で、今でも妖しく輝き続けている──
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