華鬼灯 -ハナホオズキ-

── 第肆章 ──
其ノ拾 ── 蕾厶花ノ咲ク頃ニ(10/15)

 |何処《コノ セカイ》 |此 世界《ノ イヅコカニ》、|在《アル》 |或《イシ》 |石《アリ》。
 |成《イビツナ》 |歪 六角形《ロッカクケイヲ ナシ》、|在《ソノ》 |桃色之《チュウシンニ》 |鉱石《トウショクノ》 |其 中心《コウセキ アリ》。
 |鉱石《コウセキ》、|在《ハナノ》 |如《ゴトキ》 |華 模様《モヨウ アリ》。
 |其《ソノ》 |見目《ケンモク》、|所以呼《ソノ イシヲ》〝|桜石《サクライシ ト》〟|其 石《ヨブ ユエン》 |也《ナリ》。

【この世界の何処かに、とある石が存在する。
 歪な六角形で、真ん中には桃色の華──六枚の花弁を持つ、華の模様をした鉱石が埋め込まれた石。
 その見た目から、その石は〝桜石〟と呼ばれた。】

───────────────

「これはあくまでも、私の推測に過ぎませんが……|茱絶《じゅぜつ》様と|子元《しげん》様。
 お二人は同じ状態だった、と言っても過言ではないかと」

 薙瑠は、|鄴《ぎょう》に仕える女官に、自ら斬りつけた腕の止血を簡単に施してもらったあと、|子元《しげん》と|茱絶《じゅぜつ》の二人に己の知る限りのことを伝えようとしていた。
 茱絶の、薙瑠への最初で最後のお願い。
 それは、鬼の力を扱えなかった理由を教えてほしい、というものだった。
 少し長くなるから座って話そうという薙瑠の提案により、部屋の片隅にあった木製の椅子を二つ、寝台の前に用意して、子元と薙瑠はそれに腰掛けた。
 茱絶はそのまま、寝台に座りながら話を聞いている。

「茱絶様の〈|華《はな》〉が〈|開華《かいか》〉しなかった原因と、子元様の〈華〉の〈開華〉が遅れた原因。
 それが同じだとすれば、お二人には共通点があるんです」
「共通点?」

 子元は僅かに首を傾げながら、ちらりと茱絶を見遣る。
 茱絶も子元へと視線を移していたようで、二人の視線がぶつかった。
 暫くの間じっと見合っていた二人だったが、先に視線を外したのは茱絶だった。
 その顔にはどこか気まずそうな表情が浮かんでいる。
 過去のことがあった以上、まだ今の関係性に慣れていないらしい。
 しかし、そんな茱絶の様子を見て、子元は思い当たったのだった。

「……村……あの村と関わりがあったこと……か?」
「はい、その通りです」

 ゆっくりと紡がれた子元の言葉に、薙瑠は柔らかい表情を浮かべながら肯定する。

「茱絶様は、あの村で暮らしていたこと。
 そして子元様は、あの村に訪れたこと。
 状況は違っても、村と関わりがあった、という意味では、お二人に共通することです」
「ならば、父上も当てはまるんじゃないか?」
「確かに、村と関わりがあった、という意味では|仲達《ちゅうたつ》様も当てはまります。
 ですが、その時に仲達様と子元様には違いがありました」
「違い……〈開華〉してるかどうか、くらいしか思い当たらないが……」
「それですよ、子元様。
 子元様は当時、〈|蕾華《らいか》〉の状態でした。
 そのことを踏まえると、お二人には、もう一つ共通点があるんです」

 薙瑠はわずかに間を開けて。
 自分を見ている青白い瞳と黒い瞳、それぞれを真っ直ぐと見ながら、言葉を継いでいく。

「村に関わったとき、〈|蕾華《丶丶》〉|の状態《丶丶丶》|だったこと《丶丶丶丶丶》。
 これが、お二人の二つ目の共通点です」
「……なるほど」
「んで、それがどうやって鬼の力が扱えなかった……〈華〉が〈開華〉しなかった原因に繋がるんだよ?」

 茱絶の真っ直ぐな問いかけに、薙瑠も真剣に応えてゆく。

「あの村には、〈|逍遙樹《しょうようじゅ》〉がありました。
 〈逍遙樹〉には、この|時間《せかい》に鬼が現れて以来、辺りに蔓延し始めた妖気を吸収する、という力があります」
「妖気を吸収する、だと?」
「はい。と言っても、一気に膨大な量を吸収するのではなく、少量の妖気を常に吸収し続けている感じです。
 そして鬼は、妖気吸収の影響を受けます。
 鬼だったら誰もが、あの近くにいれば、妖気を吸収されるんです」

 子元の問いかけに頷きながら、薙瑠は少しずつ、そしてできる限り分かりやすい言葉を選びながら、二人の状況を言葉にする。

「そのことを踏まえた上で、〈華〉の話に移るのですが……〈華〉は、〈開華〉していれば妖術を扱うことができるので、妖気を消費することができる。
 消費することが可能ならば、回復することも可能なわけです」
「つまり、〈蕾華〉だと妖気を消費しないが故に、回復もしない……と?」
「そういうことです。厳密には回復しないこともないのですが、元の妖気量に戻るまでに、かなり時間がかかります」
「……ということは」

 それまで黙って話を聞いていた茱絶が、自分の状況を整理するように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「俺が鬼の力を扱えなかったのは、〈逍遙樹〉に妖気を吸収されていたからってことか?」
「はい、そう考えることができます。
 あの村に、〈逍遙樹〉付近に居る以上、妖気を吸収され続けていた。
 〈蕾華〉の状態では、回復量が吸収量に追いつかなかった……ということだと思われます」
「ならば、〈開華〉が遅れた原因も、あの村に行っていた間に、妖気を吸い取られていたが故にということか」
「恐らく、そういうことかと。
 強力な力を受け継いだということと、妖気を吸収されていたということ。
 それが重なって、〈開華〉する妖気量に回復する迄に、長い時間がかかってしまったと、そういうことなんだと思います」

 同じように、鬼の力が扱えない状況にあった子元と茱絶。
 それは双方共に〈逍遙樹〉の影響を受けていたから。
 あの村に〈逍遙樹〉があったばかりに、二人は辛い思いをすることになってしまったのだ。
 あの村に、〈逍遙樹〉がなかったら。
 〈逍遙樹〉が別の場所にあったのならば。

 ──きっと彼らは、こんな思いをしなくて済んだはずだ。

 しかし、一方で。
 その村に〈逍遙樹〉が無ければ、全く別の何処かの誰かが、茱絶や子元のような思いをすることになっていただろう。
 そして自分も、その村に〈逍遙樹〉が無ければ──今、此処には居なかった。

 そんな矛盾とも言える思いを抱えながら、子元と茱絶、二人を見て微笑む。
 子元には、それがどことなく悲しそうに見えていた。
 だからだろうか。
 彼女のその表情を見て、胸がつきりと痛んだのは。

「時が経てば回復する……のか」
「はい。ですから、茱絶様。あなたの〈華〉の状態に関して、少し補足をさせていただくなら」

 僅かに間を開けて、薙瑠は滑らかに言葉を紡ぐ。
 それも、何処か儚げのある声音で。

「あなたの〈華〉は、私の力を借りなくとも、そのうち自然と〈開華〉します。
 妖力の回復には時間がかかりますが……もう、吸収され続けるような環境にいることは、ないのですから」
「そうか……そうだな」

 茱絶は己の手のひらをしばらく見つめたあと、その手をゆっくりと握りしめた。
 そんな彼の様子を見ながら、薙瑠は再び柔らかく微笑んだ。
 しかし、彼女は心から微笑むことはできなかった。
 何故ならば。

 彼の〈華〉が開く前に、この|時間《せかい》は、きっと──……

「なあ……最後にもうひとつだけ、聞いてもいいか?」

 茱絶からの問いかけに、心の内で考えていたことを打ち消して、薙瑠は小さく頷く。

「何でしょう?」
「聞きにくい……んだが。
 お前は……あの時、死んでなかったのか……?」

 それは、茱絶がずっと、気になっていたことだった。
 半ば口を噤みながらも、目を逸らすことなく問いかけてくる彼に、薙瑠は僅かに目を丸くした。
 思いもよらない問いかけだったのだろう。
 そして同時に、思い出されるあの瞬間。
 自分に迫る〝死〟への恐怖と。
 その直後に、貫かれる己の胸元──

「薙瑠」

 落ち着く声音で名を呼ばれ、はっとして我に返る。
 彼の方へ視線を向ければ、子元は心配そうに彼女の顔色をうかがっていた。

「……大丈夫か?」
「あ……はい、すみません」
「悪い……言いたくないよな、そんなこと」

 視線を伏せながら謝る茱絶を見て、薙瑠は深呼吸で自分を落ち着かせる。

「言いたくない……わけじゃないんです。
 何となく……微かに記憶が残っている……程度なんですけど」

 瞳を伏せながら、あの恐怖の後の記憶を手繰り寄せるように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

「恐らく……ですが。
 茱絶様の仰る通り、死んでは……無かったのかと。
 死の直前に……〈逍遙樹〉に助けられたんだと、思います」
「〈逍遙樹〉に助けられた?」
「はい。曖昧なんですが……刺された直後、〈逍遙樹〉は私に桜の鬼としての力を与えてくださった。それによって……傷も回復したのかと思われます」
「それで……その後すぐに逃げたのか?」
「はい……必死で逃げたような……そんな記憶があります」

 正直、今伝えたことが事実なのかどうかは分からなかった。
 それでも、伝えられることは全て伝えることが、彼と向き合うために唯一できることなのではないかと、薙瑠は思っていた。

「そうか。お前のことも……自分の状況も。
 どちらも知れてよかった。
 何だか……少しだけ気が楽になったような、そんな気がする」
「それなら良かったです。
 茱絶様は……これからどうなさるおつもりですか?」
「お前な……俺はお前からの処分を待つ身なんだぞ」
「だからこそ聞きたいのです。
 あなたに自分の道を選んで貰う──
 それが、私があなたに下す処分ですから」

 思いもよらない薙瑠の言葉に、今度は茱絶が目を丸くした。
 そんな茱絶の黒き瞳を真っ直ぐに見返しながら、薙瑠は強かに言葉を続けていく。

「ですから、選んでください。
 あなたの意思で……あなたが行きたいと思う道を」
「……選ぶ、か」

 ぽつりと呟き、僅かに逡巡した茱絶が紡いだ答えは。
 
「……俺……という存在が、受け入れてもらえる場所で……暮らしたい。
 それだけ選べれば、もう充分だ」
「分かりました。
 そのことは私から、曹操様にお伝えします」
「……ああ」

 頷く茱絶の顔は、とても穏やかな表情をしていた。
 そんな彼を見て、薙瑠もようやく、心からの微笑みを浮かべた。
 そんな彼女の微笑みに、子元は内心、安堵していた。
 これまで幾度となく、寂そうな、悲しそうな──そんな感情が見え隠れする彼女の表情を、見逃していなかったから。

「そろそろ……行くか」
「はい、子元様」

 二人の会話が落ち着いたのを見計らい、子元が立ち上がれば、薙瑠も彼に続いて立ち上がる。
 部屋を後にしようと子元が戸を開ければ、眩しいくらいに明るい|陽光《ひかり》が、室内を照らし出す。
 子元に続き、薙瑠も廊下へと出ようとしたとき。
 彼女は、青い髪を揺らしながら室内を振り返った。
 そして、小さな声で。

「また……会いましょう。……お兄さん」

 微笑む彼女は、昔の、あのときの少女と同じ呼び方で、茱絶へ言葉を投げかけた。
 彼は一瞬、驚きの表情を浮かべたが。

「……ああ、また……な」

 直ぐに微笑んで、小さく応えを返す。
 そんな彼の様子を、安心したように見届けて。
 薙瑠は再び、青い髪を揺らしながら前を向く。
 そして、後ろ手に、ゆっくりと。
 彼の部屋の戸を閉めたのだった。

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