華鬼灯 -ハナホオズキ-

── 第肆章 ──
其ノ拾肆 ── 内ニ秘メラレシ紅ノ焔(14/15)

 |燃《ソウ》 |草木《モク モヤス》|焔《ホムラ》。
 |創《ホムラ》 |焔《ツクリシ》 |刀《カタナ》。
 |以《カタナヲ》 |刀《モッテ》 |斬《ツルヲ》 |蔓《キリシ》 |刻《トキ》、|華鳥《カチョウ》 |被《カイホウ》 |解放《セラル》 |也《ナリ》。

【草木を燃やす|焔《ほのお》。
 焔を創り出す刀。
 刀を以て蔓を斬れば、
 華鳥が解放されるだろう。】

───────────────

「あの……ひとつだけ、聞きたいことがあるのですが」
「なんだ?」

 翌日の|暁《あさ》。
 |子元《しげん》は|洛陽《らくよう》へ帰省する前に、|子桓《しかん》の部屋を訪れていた。
 立ちながら窓の外を眺めている子桓の背に向かって、子元は言いづらそうに口を開く。

「……私が〈|狂《くる》い|咲《ざ》き〉に陥った時のこと、なんですが」
「……ああ」

 何となく気まずい話題ではあったが。
 色々話を聞いた中で、ふと浮かんだ疑問があり、それをどうしても確かめておきたかったのだ。

「なんだ、言ってみろ」

 振り返りながら子元を見つめるその瞳は、笑みこそ浮かんではいなかったものの、柔らかい視線だった。
 それに小さく安堵すると、子元はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「あなたは……ご存知だったのですか?
 同じ力を持つ者同士なら……力の受け渡しができるということを。
 だからあの時、父上に私を殺せと言った……のではないですか」
「……」

 子元の問いに、子桓はすぐには答えず、静かに子元を見つめる。
 真っ直ぐと己を見る子元の視線からは、あの時の──子桓が〝役立たず〟の烙印を押した時の彼とは違い、強かに咲く〈華〉の存在を感じ取ることができて。
 その変化に子桓は何処か嬉しそうに、小さく微笑った。

「……ああ、そうだな。お前の言う通りだ」

 柔らかい笑みと共に紡がれた言葉に、子元は目を丸くしていた。
 自分から問うたとはいえ、まさか子桓に限ってそんな事はないだろうと、心の何処かで諦めにも似た感情を持っていたのだ。
 しかし、実際は。
 彼は自分を殺そうとしたのではなく。

 ──助けるために、殺せと命じていた。

 その事実が分かっただけでも、子元の彼に対する印象は、大きく変化した。

「自分から聞いといて、何をそんなに驚いてんだ?」

 驚いた表情のまま、無言でいる子元を怪訝に思ったのか、子桓は眉根を寄せている。

「い、いえ、その……」
「俺がお前を助けようとしていた。
 その事実がそんなに意外だったのか」
「…………はい」
「ったく、お前は俺を何だと思ってたんだ?
 ……まあ、あんなことを言ったんだ、そう感じるのも無理はない」

 腕を組み、窓枠部分に背を預けて、再び窓の外へと視線を移した子桓。
 そんな彼は、当時を思い出すかのように穏やかな|表情《かお》をしていた。

「我が父が知っていた。
 それを俺が、予備知識として持っていたのが……あの時に役立った。
 ただそれだけのことだ」

 ただ、それだけ。
 彼にとってはそうなのかもしれない。
 しかし、それは子元にとって、とても重要で、大切なことで。

「…………子桓様」

 気付いたときには、彼の名を呼んでいた。
 急に名を呼ばれ、子桓は半ば驚いたように子元へと視線を移す。

「……なんだ」
「ありがとうございます」

 自然と紡がれた、感謝の言葉。
 柔らかい笑みを浮かべながら述べられた子元の言葉に、今度は子桓が目を丸くする。
 照れ隠しなのか、子桓はすぐに視線を逸した。

「……やめろ、礼なんかいらん。
 それに俺は、聞いたことをもとに命じた──……」

 不自然に途切れた言葉。
 そして僅かな間を開けて。
 穏やかだった子桓の表情は一転して、険しくなり、半ば苛ついたように舌打ちをした。

「この俺も利用されていたに過ぎないってか」

 低い声で、聞き取れないくらい小さな声でそう呟いた。
 が、子元はそれをしっかりと聞き取っていた。

「……利用されていた?」
「ああそうだ。桜の鬼に、な」
「どういう……ことですか?」
「俺がそのことを知ったのは、我が父から聞いたからだ。
 そして父は、その話を桜の鬼から聞いていた。
 では何故、桜の鬼は父にその情報を伝えたと思う?」
「……」

 子元は僅かに考え込む素振りを見せたが、すぐにとある予測に辿り着く。

「桜の鬼は……この先何が起こるかを知っていたから……?」
「そうだ。その内容が恐らく、〈狂い咲き〉のことだ。
 〈狂い咲き〉は必ず起こる。
 何故ならば……その者こそが、桜の力を受けし者となるからだ。
 その者を死なせない方法。
 生きながらえさせる方法が、力の受け渡し。
 それだけを伝えておけば、後は自分たちの筋書き通りになると、そう踏んでいたんだろう。
 そして本当に……その通りになった」

 真っ直ぐと子元を見る子桓。
 お前が今ここにいることがその証だと言っているような、そんな瞳。

「勿論、全て俺自身の意思で取った行動だ。
 故に当然、桜の鬼にとって予想外だったことも多々あっただろうな。
 だが、それらを全て、自分たちの筋書き通りに修正していくことができるとしたら……|桜の鬼《奴ら》の本当の恐ろしさは、そこにあるのかもしれないな」

 ──この|時間《せかい》に生きる者を、手駒に。

 その言葉の本当の意味を、漸く理解できた気がした。
 直接的に操るのではなく。
 間接的に、その意思を利用する。
 利用すべき存在の意思に従い、桜の鬼はそれに沿った行動をすることで、それぞれを自ずと進むべき道へ誘導していく。
 無論、そこには〈六華將〉の協力もあるだろう。

「そんなことより、聞きたいことはそれだけか?」
「あ……はい、ありがとうございました」
「己が役目から逃げるなよ」
「承知しております」

 念を押されるように言われ、子元は|拱手《きょうしゅ》しながらしっかりと頷いた。

 真に恐ろしきは、桜の鬼か。
 ──否。
 桜の鬼を〝|傀儡《かいらい》〟とする、神なる存在に違いない──

 そんなことを考えながら、子元は踵を返して、子桓の部屋を後にしたのだった。

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