── 第肆章 ──
其ノ肆 ── 内ニ秘メタル結末ノ欠片(4/15)
|流《ナガルル》 |桜《サクラ》 |廻 続《マハリ ツヅクル》
|其《ソレ》 |無《トドマル》|留《コト ナシ》、|亦《マタ》 |存在理由《シメイ》 |也《ナリ》
|在《クチル》 |朽《ハナ》 |華《アレバ》 |在《サク》 |咲《ハナモ》 |華《アリ》
|故《ユエニ》 |華《ハナハ》 |再《フタタビ》 |蘇《ヨミガエル》
【流るる桜 廻り続ける
留まることなく廻る それが|存在理由《しめい》
咲き誇る華 朽ちてゆく華
朽ちても 再び 蘇る】
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|子元《しげん》が|子桓《しかん》と共に|鄴《ぎょう》に向けて発った後、|洛陽《らくよう》に残った|薙瑠《ちる》はとある人の元へ向かっていた。
行く先は|厩舎《きゅうしゃ》。
目的とする人はそこに居た。
短い朱色の髪を揺らしながら、己の馬を撫でている彼。
「|仲権《ちゅうけん》様」
「お? なんだ、珍しいな」
「少しお願いしたいことがありまして。
……近付いても大丈夫ですか?」
「ああ、そんなに警戒しなくても大丈夫だぞ」
「なんとなく、見知らぬ人に近づかれるのはお馬さんも嫌がるかと……」
「ははっ、優しいやつだなお前」
笑いながら手招きする仲権に応じるように、薙瑠は彼の元へ近付く。
自分の身長よりも大きな馬の存在に、薙瑠は半ば見上げるような状態になる。
とは言え、彼女からしたら自分の周囲にいる人は皆背が高いため、馬に限らず、誰と話すときも大抵は見上げる形になっているのだが。
「改めて近くで見ると、すごく大きいですね、お馬さん」
「お前、馬のこと『お馬さん』て言うのか」
「? 何かおかしいですか?」
「いや、そうじゃなくて、可愛いなと思ってさ」
仲権の唐突な言葉に、薙瑠の動きが停止する。
かと思えば、彼女の顔はみるみる紅潮し、両手で顔を覆った。
そんな彼女の反応に驚いたのは寧ろ仲権の方だった。
「は!? いや、えっ!? なんだその反応!?」
「かっ……可愛い、とか、急にそんな恥ずかしいこと言わないでください……」
「えっ、いやいや、ちょっと待て、一度落ち着けって」
「お、落ち着いてはいますよ……?」
「……全然説得力ないぞその言葉……」
薙瑠の思わぬ反応に、仲権はそのあと何をどう切り出したらいいのか分からず、二人の間に変な沈黙が訪れる。
今の彼女の反応で、仲権はあることを察していた。
彼女はそういうことに関する耐性が皆無なのだということを。
大きくひとつ深呼吸をしてから、仲権は沈黙に耐え切れず話題を切り出した。
「お前……いつもそうなのか?」
「い、いつも……といいますと?」
「子元殿だよ。彼に対しても毎回そんな反応してるのか?」
「えっと……子元様は普段そんなこと言いませんから」
「…………はっ!?」
仲権は再び驚きの声を上げた。
それもまた彼にとっては予想外のことだったのである。
「あいつ何も言ってないのか? あんなに分かりやすい態度取ってるのに? ……嘘だろ」
「嘘じゃない……と思います」
「思いますって……いつも側にいながら何でそんなに曖昧なんだよ」
「いえ、えっと、あんまり記憶になくて」
「……」
仲権は小さくため息をついた。
鈍感なのか、そもそも眼中にないのか。
二人の関係の中途半端さに半ば呆れつつも、好奇心旺盛な彼は寧ろ絶好の機会だと思っていた。
子元は態度で分かる。
分かりやすすぎるくらい態度に出ている。
本人にその自覚があるのかは不明だが。
しかし一方で、彼女に関しては何も分からなかった。
そして今こそ、それを知る機会なのではと、仲権は思った。
「真面目に聞くから、真剣に答えてくれ」
「……はい」
「お前、子元殿の気持ちに気付いてる?」
真剣な眼差しで投げかけられた仲権のその問いは、彼女の表情に変化をもたらした。
彼に向けられていた真っ直ぐな視線は地に落ち、小さな微笑みが浮かぶ。
しかし、それは何処か辛そうな微笑みだった。
「はいかいいえで答えるなら、その答えは『はい』、です」
「それに対するお前の返事は?」
「……」
俯き気味の彼女の|表情《かお》から、今度こそ笑みが消えた。
しかしそれは一瞬のことで、直ぐに再び微笑みが浮かぶ。
そして先程と同じく何処か辛そうに微笑みながら、今度は仲権の目を見てはっきりと言った。
「答えられません」
「答えられない……? それは問いに答えたくないのか、気持ちに答えられないのか、どっちの意味でだ?」
「仲権様の捉え方にお任せします」
冷たい微風が吹き、二人の髪と馬の|鬣《たてがみ》を揺らす。
曖昧すぎる彼女の答え方に、仲権は黙り込むことしかできなかった。
しかし何となく、「答えられない」という彼女の返答は、恐らく「子元の気持ちに答えられない」という意味なのだろうと仲権は感じ取っていた。
そうでなければ、あの時あの瞬間に笑みが消えることはなかったはずだ。
「分かった、これ以上のことはもう聞かない。だけど、ひとつだけ言わせてくれ」
「はい、何でしょう?」
「男の前でああいう反応するの、やめたほうがいい」
「ああいう反応……?」
きょとんとしている薙瑠に、仲権は再び溜息をつく。
「照れ方だよ、男からしたらあんな反応されると、自分に気があるのかと勘違いする奴も居るからな」
「えっ、す、すみません……私は仲権様に対して、全然そんなつもりはないので、あの、ご安心ください」
「……そこまで否定されると流石に傷付く」
あたふたと謝罪する彼女に悪気がないことは分かっていたため、傷付けたことに対して再び謝ろうとする彼女を見て、仲権はくつくつと笑う。
「ほんと面白いやつだな、お前」
「あ、ありがとうございます……?」
「ははっ、そこは素直に礼を言うんだな。
それより、俺に用があって来たんだろ?」
「あっ、そうでしたね。
少し|言伝《ことづて》を頼みたいのですが……」
「言伝? 誰にだ?」
「|狼莎《ろうさ》様……|蜀国《しょくのくに》にいる、〈|六華將《ろっかしょう》〉の|和菊《なごみのぎく》狼莎様に、です」
思わぬ名が挙げられ、仲権は軽く目を見開いた。
仲権は今、|子桓《しかん》の命により蜀へと向かう準備をしている。
そのため、言伝を頼まれること自体は別におかしくないのだが、〈六華將〉に纏わる頼みごとをされるとは思いもしなかったのだろう。
驚きを隠せないでいる仲権に、薙瑠は微笑みながら言葉を続けた。
その刹那。
「──────と、お伝えできますか」
突風が吹き抜け、彼女の言葉を掻き消した。
その言葉を聞き取れたのは、仲権と、彼らの近くにいた一頭の馬のみ。
「……それは」
「その言葉通りです。意味、分かってしまいましたか?」
「……」
〈|六華將《ろっかしょう》〉の目的が、偽りを正すこと──鬼のいない世界に戻そうとしていることだと知った今、仲権は彼女のその言葉の意味を何となくは把握していた。
しかし、それはあくまでも憶測に過ぎない。
過ぎないが、何となくいい意味での言伝ではないことは間違いないだろうと、根拠のない確信があった。
──こういう時の、謂わば嫌な予感というものは、よく当たる。
仲権の表情に僅かな陰りが見られたが、彼は特に何も言うことなく、彼女の頼みを受け入れた。
「……分かった、そう伝えておく」
「はい、よろしくお願いします。
あと……仲権様」
「なんだ?」
「余計なお世話かもしれませんが……今、あなたが抱えているその思いは、この先役に立つ時がくるはずです。
それまでは大切に、心の中に留めておいてください」
彼女の言っていることが直ぐには理解できず、半ば怪訝な顔をしたものの、思い当たることがあったらしい。
仲権は、彼女の小さな気遣いが嬉しかったようで、柔らかな笑みを浮かべた。
「悪い、俺は大丈夫だ、ありがとな」
「いえ、余計な口を挟んでしまってすみません。
では、私はこれで失礼いたします」
丁寧に|拱手《きょうしゅ》をして、彼女はその場を去っていく。
仲権は、青い髪が揺れるその後ろ姿を静かに見つめていた。
そしてふと、仲権を呼ぶような、馬の小さく鳴く声が聞こえ、そちらに視線を移す。
どこか悲しげな瞳になっている馬の額を、仲権は優しく撫でてやる。
ふわりと|微風《そよかぜ》が吹き、彼の髪と馬の|鬣《たてがみ》が小さく揺れる。
「お前も、あいつから預かった伝言……聞いてたか?」
仲権の問いかけに答えるようにして、馬は再び小さく鳴いた。
そんな反応が返ってきたことに半ば驚きつつも、彼は小さく微笑んだ。
──どこか、悲しそうな表情で。
「|死生有命《しせいゆうめい》……なんだろうな」
その四文字は、彼が薙瑠の言葉を聞いたときに、頭に思い浮かべた文字だった。
死生有命。
人の生死は天命で決まっており、どうすることもできない状況を表す言葉。
彼女──薙瑠の瞳には既に、この|時間《せかい》の結末が映し出されていた。
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