華鬼灯 -ハナホオズキ-

── 第肆章 ──
其ノ捌 ── 力宿レドモ鬼ニアラズ(8/15)

 |信仰《シンコウ》──|其《ソレ》 |即《スナハチ》、|対象《タイショウ ト》 |存在《ナル モノ》 |之《ノ》 |力《チカラ》 |也《ナリ》。

 |魄《セカイニ》 |為《トドマル》 |留《ガタメ》 |空間《ノ ハク》、|既《スデニ》 |迎《ゲンカイ》 |限界《ムカウルル》。
 |故《ユエニ》、|着目《ソト二》 |蘇塗《シンコウ》 |宿《ノ》 |信仰之力《チカラ ガ》 |而《ヤドリ テ》、
 |存在《ジュモク》 |樹木《フキン ノ》|付近《ムラ ニ》 |村《チャクモク ス》。

【信仰──それは、対象となる存在の力になり得るもの。

 青き鬼がこの|空間《せかい》に留まるには、この|魄《からだ》は既に限界を迎えようとしていた。
 故に目を付けたのが、信仰の力が宿る|蘇塗《そと》の存在であり。
 同時に、あの樹のすぐ近くにある、この村だったのだ。】

───────────────

 青年によって壊された、信仰の象徴である|蘇塗《そと》。
 それは嵐によって倒れ壊れたものと思い込んだ村人たちによって、数日後には建て直されていたが。
 その時、再び括り付けられた、|蔓《つる》の装飾・|籠目《かごめ》──通称、鬼の目。
 それに僅かな傷が付いていた。
 青年が蘇塗を蹴り倒した際についた、小さな傷。
 しかし、形は崩れていなかったため、そのことに気付くものは、誰一人いなかった。

 それから数年が経ったある日。
 蘇塗に括り付けられていた、籠目の僅かな傷に、気付いたものがいた。

 それは、三つくらいの幼き少女。
 両親は既にいないらしく、彼女はいつも一人で過ごしていた。

 しかし、彼女は|少し《丶丶》|変わっていた《丶丶丶丶丶丶》。
 見えるはずのないものが、彼女の瞳には、はっきり映し出されていたのである。
 故に、蘇塗に眠る|青き鬼《丶丶丶》の存在も、彼女にだけ見えていた。
 そんな彼女だったからこそ、気付いたのだ。
 籠目の僅かな傷──そこから、宙に舞っては消えて行く、青き鬼の|御霊《みたま》の存在に。

 それは月が明るい、ある日の夜のことだった。
 肩まで伸びたぼさぼさの黒い髪と、深淵を写すかの如き黒い瞳。
 そんな少女は、光を宿さぬその目で、ただ静かに蘇塗を見上げていた。
 彼女の目に映るのは、闇夜にほんのりと輝く、青き鬼の姿。
 何かを祈るように胸の前で両手を組み、瞳を閉じているその身体には、地から伸びる無数の蔓植物が絡みついていた。
 どうやらその鬼は、その場所──信仰対象である蘇塗の前で、囚われているかのようだった。
 昼間にしか見たことがなかったその姿は、自ら輝きを放っているため、辺りが暗い夜になると、その様がよりはっきりと少女の瞳に映し出されていた。

 中でも彼女が目を奪われていたのは、青き鬼の胸元で輝く、不思議な植物。
 〝|鬼灯《ほおずき》〟という植物に似ているそれは、大人の手のひら位の大きさがあり、蕾んでいる網目模様の|萼《がく》の中には、青白く輝く光が浮いている。
 そんな不思議な植物には、刃物で切られたかのような傷があり。
 裂けているその部分からは、小さな光の粒子が、宙に舞っては消えていた。

 少女にも、その傷が何者かによってつけられた物であることが理解できたのだろう。

 ──いたそう……

 そんな一言が、口から紡がれた。
 その時だった。
 網目模様の植物の中に灯る、青白く輝く光。
 それが僅かに動いたように見えた。

 少女もそれに気付き、その光をよく見ようと、数歩前に進み出る。
 そんな少女の瞳に映ったのは。

 不思議な植物の中で、翼を広げ、力なく倒れ伏している一羽の青い鳥だった。

 その鳥も、身体に傷を負っているらしい。
 呼吸はしているものの、己の体を起き上がらせるほどの体力は残っていないようだった。

 植物の中で光輝く正体が鳥だと分かれば、鬼灯のような植物は、鳥籠のようにも見えた。
 しかし、今はその一部が裂けていて。
 その裂け目からは、光の粒子が、次から次へと宙に舞っている。

 その様子が、少女の瞳には、小さな鳥の|生命《いのち》が、少しずつ消えていくような……儚いものとして映し出されたようだった。

 ──かわいそう……
 ──たすけてあげないと……

 故に少女は、手を伸ばしたのだ。
 その鳥──籠目に宿る、青き鬼の|御霊《みたま》へと。

 そんな、とても些細な出来事が。
 少女の存在を、大きく変えた瞬間だった。

 そしてその異変に、青年だけが気付いていた。
 殆どの者が寝静まった深夜。
 青年だけが感じた、異様な気配。
 本能的に身の危険を感じた青年は飛び起き、その正体を確かめるべく、家屋の戸を開け外に出る。
 月明かりの下、確認できたのは、蘇塗の前に立つ少女の後ろ姿。

 異様な気配は、その少女が放っているものだった。
 そして同時に、彼は感じ取っていた。
 少女が放つ気配は、自分とは比べ物にならないほど──強大なものであることを。
 
 少女もまた、そんな青年の視線を感じたのだろうか。
 ゆっくりと振り向く、彼女の瞳は。

 闇夜の中、不気味なほどに輝きを放つ、真っ青な色に染まっていた。

 そんな彼女の異変を目撃した、翌朝のこと。
 少女の身体には、瞳以外にも変化していた部分があった。
 ひとつめに、髪色。
 根本の辺りが青くなっており、成長する毎に黒から青に変わってるのでは、と思わせるような状況であったこと。
 ふたつめに、肌。
 彼女の腕から、皮膚を裂くように、植物の芽が|生えていた《丶丶丶丶丶》こと。

 そんな奇妙な見た目と現象を、当然ながら村の人々が受け入れられるはずもなく。
 化け物だと罵る者、奇妙な病をうつすなと逃げる者。
 しかし少女は、そんな人々を見ても、気味が悪いくらいに反応を見せなかった。

 それから数日後だった。
 誰一人近寄ることすらしなかった青年の家屋の前に、少女が蹲っていた。
 青年と少女、ふたつの紐が、初めて交わった瞬間だった。

 交わったからこそ、改めて感じざるを得ない、彼女の異常さ。

 髪、瞳、そして身体の至る所から伸びる植物……この時点で、既に「人ではない何か」だと、いや、「人ではない何かに|変わった《丶丶丶丶》」のだと、感じざるを得なかった。
 その決定的な根拠になり得るのは、以前は少し足りとも感じることがなかった、強大な力。
 交わり、絡み付いたふたつの紐を、断ち切る剣となったのも。
 その強大な力が原因だった。

 青年は少女に関わることなく、いつも通り過ごしていたが。
 来る日も来る日も、少女は青年の家屋の前で蹲っていた。
 それに痺れを切らし、青年は少女に問うたのだ。

 ──何故ここに居るのか、と。

 そして少女は答えた。

 ──ここが一番、誰とも関わらなくて済む、静かな場所だから、と。

 誰とも関わらなくて済む。
 少女は幼いながらも、自分が受け入れてもらえない存在であることを、理解しているらしかった。

「……お前は一体、何者なんだ?」

 気付けば、青年の口からはそんな問いかけが紡がれていた。
 その答えを少女が持ち合わせている訳がないと分かっていながらも、青年は彼女の返答を待った。

「……あおつばめ……」

 ふと、そんな単語が彼女の口から漏れる。
 しかし、それだけだった。
 それ以外の言葉が紡がれるでもなく、少女はそれきり、何も言わなかった。
 蒼燕。
 それがこの少女の名前だと、青年はそう捉えたのだった。

 そんな出来事があって以降、少女は青年の家屋周辺で過ごすようになった。
 そこから遠く離れたりすることは一切なく、その場でずっと、膝を抱えて俯いている。
 まるで、眠ることが生きることだとも言わんばかりの生活状況だった。

 しかし、その少女に眠る力が、強大であるが故に。
 青年は次第に、蒼燕を恐れるようになった。
 恐れる一方で、自分より力がある事に対して嫉妬した。

 そしてある時。

 ──わたしは、おにいさんのこと、こわくないよ。

 そんな言葉を言われて。
 力があるが故に、見下しているようなその発言をきっかけに。
 少女に暴力を振るった。

 暴力を振るうことで、自分の方が上だという、優越感があった。
 ああ、くだらない。
 くだらないと思いながらも。
 自分の中で渦巻く、恐怖と嫉妬。
 そして、切り捨てた筈の、力を使えない己への怒りも、沸々と湧き上がってきて。
 それらの感情を、蒼燕への暴力で解消していた。

 辛い。苦しい。

 ──助けてくれ。

 心が悲鳴をあげていても。
 誰も手を貸してくれるものなど、存在しない。
 そう分かってたからからこそ。
 青年は、己の感情を殺して、一人で生きてきたのだった。

 そしてある時、国の武官らしき人物がこの村に来たことがあった。
 彼らが帰ったあと。
 その時を境に、少女は青年の暮らす家屋へと近寄ることはなくなった。

 それぞれ、互いに関わることもなく。
 一人で生きる術を身につけ。
 とはいえ、青年も、そして少女も、何のために生きているのかすら分からない──
 そんな暮らしが、約二十年程続いたときだった。

 青年は知った。
 否、知ってしまったのだ。
 成長し、髪も真っ青に染まった蒼燕が、一本の木の前で、一人楽しそうに話しているのを。
 誰もいないのに、たった一人で。
 そしてその時、彼女は確かに言った。

「私が役に立つなら……この身体、|生命《いのち》はあなたに捧げる。何もできない、力がない私でも、役に立てるなら。あなたの力になりたい」と。

 蒼燕が「必要とされている」という、その事実に。
 自分は誰からも必要とされないという、その現実に。
 青年の心は、限界だった。
 故に。
 その会話を聞いた、翌日。
 青年は、蒼燕の後をつけて。
 人目のない、森の中。
 彼女が会話をしていた、一本の木の下で。

「お前はもういらない……誰からも必要とされない存在なんだよ。
 なのに今更……必要とされてるなら。
 そんなもの、俺が壊してやる。お前を殺して、壊してやる」と。

 そんな言葉を浴びせて、容赦なく殺した。

 ──はずだった。

 摩訶不思議な出来事は、まだ続いていた。
 その場を去ろうと、踵を返して歩き始めたすぐ後に。
 背後で何かが動くような、そんな気配がした。
 殺し損ねた筈がない。
 確かにあいつは、息途絶えていた。
 そんな確信を持ちながら、後ろを振り返ってみれば。

 消えていたのだ。
 息途絶えたはずの──蒼燕の姿が。
 紅い液体を染み込ませた、黒々とした土だけを残して。

 *
 *
 *

(その日もだ。その日も……今日と同じ、晴れ晴れとした空をしていた)

 寝台の上に、横になりながら。
 そして、長い長い夢を、頭の中で思い返しながら。
 |茱絶《じゅぜつ》はただ静かに、朱色の窓枠の外に広がる、空を睨みつけていた。

 そんな時、部屋の外から聞こえる、複数人の足音が耳に届く。
 それが誰のものであるか、ある程度察することができた彼は、ゆっくりと上体を起こす。

 ついに、その時が来た。

 蒼燕の──死の真相を、聞けるときが。

「入るぞ」

 戸の前で足音が止まったかと思えば、直ぐにそんな声が聞こえてきて。
 茱絶の返答を待たずに、戸はゆっくりと開かれた。
 
 一度は断ち切られた、二本の糸。
 それらが再び、絡まり合う。

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