── 第弐章 ──
其ノ伍 ── 華ヲ喰ラフハ桜ノ神子 (5/11)
|協力《キョウリョク》──|則《スナハチ》 |貸 力《カミニ チカラヲ》 |神《カスコト》 |也《ナリ》。
|其《ソノ》 |対《ツイナルハ》 |犠牲《ギセイ》──|捧 身心《カミニ シンシンヲ》 |神《ササゲルコト》 |也《ナリ》。
|各役割《カクヤクハリ》、|既《スデニ》 |与《ニンゲンニ》 |人間《アタフル》 |也《ナリ》。
【協力──神に力を貸すこと。
その対なるは犠牲──神に身心を捧げること。
それぞれの役割は、既に決められた|人間《ヒト》に与えられている。】
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|伯約《はくやく》の槍による突きの攻撃は、とどまることを知らず。
躱して、時には弾いて。
|子元《しげん》は一方的に苦戦を強いられていた。
「くっ……!」
「なぁ、お前は〈|六華將《ろっかしょう》〉のこと、どこまで知ってんだよ?」
一方で、伯約は有利な状況にあるからか、|余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》と子元を問い詰める。
「っ、そういうお前は……っ! どうなんだ……っ!」
険しい顔をしながらも、子元は上手く躱しながら応じている。
そんな彼を、伯約の|翡翠《ひすい》の瞳は静かに、然してしっかりと捉えながら攻撃を繰り返す。
突いて、穿って。
ひたすら子元の身体を貫こうと、攻撃の手を緩めることなく攻め続ける。
「俺は知ってるさ。
あいつらの目的のことも、その目的をなす為にやってることも……な」
悠然と言葉を紡ぐ伯約。
そんな態度でいられるのは、有利で余裕があるからだろうと、子元はそう思っていた。
しかし、迷い無く槍を振るう攻勢とは対象的に、彼から殺意は感じられず。
何を考えているのか分からない──その言葉が相応しい状況にある彼に、子元は半ば戸惑いを覚えていた。
「っ!」
風切り音を纏いながら、子元の顔の真横を貫いた槍の刃は、彼の髪の一部を斬り裂いた。
戸惑いが僅かに行動を鈍らせたらしい。
刃は頬を掠っており、子元の右頬には切れた痕が浮かび上がる。
休む間を与えることなく、再び襲い来る槍の切っ先。
子元はそれを、刀で力強く弾き返した。
──こいつは何故、〈六華將〉のことをそこまで知り得ている?
そもそも。
今回の戦におけるこいつの目的は──何なんだ?
子元は槍を躱しながら、冷静に思考を巡らせる。
彼は出会ったとき、「桜と戦うために来た」と言っていた。
恐らく、それこそが伯約の目的であり。
そのことはきっと──〈六華將〉の目的と、繋がっている。
子元がひとつの答えに辿り着いたとき。
「……ははっ」
伯約が、嗤った。
険しい顔の子元を捉える瞳は、その心をも見透かしているようで。
「その様子じゃ……何も知らないみたいだなっ!!」
大きく一歩を踏み出し、子元の胸元めがけて力強い突きが放たれる。
その瞬間、力んだことによって生まれた、伯約の一瞬の隙。
子元はそれを見逃さなかった。
「ああ、そうだ」
伯約の突きによる一撃を、子元は低くしゃがみ込むことで間一髪、回避した。
槍は子元の身体ではなく、宙に停滞した長い髪を貫く。
そしてその体勢のまま地を蹴り、子元は一気に伯約との間合いを詰めた。
「今はまだ何も知らない。……だが」
彼の青白い双眸は、伯約の腹部を捉えており。
「これから……知っていくつもりだ!!」
強い意志と共に、柄を握る右手に力を込める。
輝きを帯びた白銀の刃を、素早く横に薙ぎ。
綺麗な弧を描いた一撃は、伯約の腹部に命中する──かと思いきや。
「遅ぇんだよ」
低く、然してはっきりと言葉が紡がれた直後、子元の刀は空を斬った。
伯約は間一髪、踏み出した足を軸に上へ跳び、上空へと身を躱したのだった。
和服を靡かせながら空中で一回転、子元の背後へと舞うように着地する。
肩越しに振り返る彼は、真っ直ぐと子元を見据え。
「そんなんじゃ……桜に|喰われる《丶丶丶丶》ぞ」
低い声ではっきりと、そう告げた。
背後から紡がれたその言葉には、酷く冷たい感情が込められていて。
言葉の意味を理解できていない子元は、背後に得体の知れない何かがいるような、そんな感覚に襲われていた。
「……何を言って」
伯約に言葉の意味するところを尋ねようと、恐る恐る口を開いた時だった。
子元の前方から、轟きの音と共に突然の突風が吹き荒れる。
「なっ……!?」
「うおっ!?」
尋常ではない突風に、二人は両足でしっかりと踏み止まるので精一杯だった。
二人の髪や和服が強くはためく様が、その風の強さを物語っている。
とは言え、伯約に関しては子元がいい感じに風除けになっており、子元よりも余裕があるようだが。
吹き荒れる突風のせいか、周囲に漂っていた濃い霧は瞬く間に消え去って、視界が気持ちいい程に晴れていた。
その時、子元の双眸は。
姿が顕になった、乱立する柱の地形の中。
遠く離れた場所で。
誰かと相対している、薙瑠の後ろ姿を捉えていた。
恐らく、その相手をしている者が蜀の〈六華將〉なのだろう。
そんな彼女の姿は、すぐに視界から消える。
「今のが桜の鬼か……名前通りの容姿だな」
子元の背後で、同じく薙瑠の姿を捉えていたらしい伯約が、ぽつりと言葉を漏らした。
その言葉で我に返った子元が振り返ると同時に、伯約はある提案を切り出す。
「なぁ、今から勝負の仕方を変えようぜ」
「……どういう意味だそれは」
「いいか、これは提案だ。
乗るか乗らないかはお前の判断に任せる」
じっと睨む子元を見て楽しそうに口角を上げる伯約は、真っ直ぐと子元の背後──〈六華將〉がいる方向を指差した。
「どちらが先に、|彼処《あそこ》まで辿り着けるか。それで勝負しよう」
「何故そんなことをする必要がある?」
「言っただろ、俺は桜と戦いに来たんだよ。
つまり俺は、桜の鬼の戦いが、〈六華將〉同士の戦いが、見たい」
指差す先を真っ直ぐと見つめる伯約の緑色の瞳は、澄んだような明るさをしていて、心なしか今までよりも楽しそうに見える。
そんな彼に、子元は怪訝な顔をする他なかった。
「おい……それだけの理由ならば、一人で勝手に行けばいいだろう。わざわざ俺を誘う必要がどこにある?」
「話はまだ終わってない。この勝負で俺に勝ったら、俺が知る限りの〈六華將〉の情報を教えてやる」
手をおろし、伯約は真剣な瞳で子元を捉え。
静かに、而してはっきりと。
「|お前が《丶丶丶》|知らなければ《丶丶丶丶丶丶》|ならない《丶丶丶丶》ことだ、|司馬《しば》子元」
そう言った。
思いもよらない言葉に、子元は目を丸くする。
知らなければ、ならない。
しかも──|俺が《丶丶》。
半ば呆然としたような顔で、子元は呟くように問いかける。
「お前は……一体何を知っている?」
「それを話すのは勝負の後だ。
で、どうするんだ?
この勝負、乗るのか乗らないのか」
真剣な眼差しを向けたまま、伯約は小さく笑みを浮かべる。
嘘偽りではないことは間違いない。
桜と戦いに来たというその目的。
そして「桜に喰われる」という言葉。
それらを以てしても、〈六華將〉についての情報量は伯約の方が豊富であることは明らかだった。
しかし、今は戦の最中である。
兵の指揮を放ってまで、己の目的の為に動くわけには行かないと、子元が考えあぐねているとき。
「兄さん!」
背後からの聞きなれた声が耳に届き、子元はそちらを振り返る。
そこには、薙刀を手にしながら駆けて来る子上の姿があった。
「子上、そっちはどうなった」
「うん、それを伝えに来た」
いつもと変わらない涼しい顔をして、子上は言葉を続けていく。
「さっきの暴風。そのお陰で僕たちの体勢を整え直す余裕ができたんだ。けど……」
「けど?」
「多分、もう戦闘にはならない」
「……は?」
「何でだ?」
子元だけでなく、その背後で話を聞いていた伯約にも、子上の言葉は予想外だったらしい。
翡翠の瞳を驚いたように丸くさせながら、子元に続いて子上に問うた。
そんな二人の様子に、子上は表情ひとつ変えることなく、淡々と言葉を紡ぐ。
「彼女……薙瑠殿の、人が変わったような顔付き。
それで睨まれたのが効いたみたい」
「睨まれた……?」
「うん、ちょっと距離があるし、もしかしたら薙瑠殿はこっちの様子を見ただけ、かもしれないけど。
その距離があっても、力なき人間の戦意喪失を招くには、充分だったってこと。
正直、こっちを見られた瞬間は僕も少しだけ……怖いって、思ったよ」
淡々と子元に応えた子上だったが、最後の言葉を紡ぐときには、彼の表情に僅かな陰りが見えた。
それとは対象的に。
子元の背後で話を聞いていた伯約は、より一層明るい表情になっていた。
「ははっ、そんなこと聞いたら尚更見るしかなくなったな」
槍を肩に担ぎながら、伯約は子元の隣に並ぶ。
茶色い髪から覗くその瞳は、楽しそうに〈六華將〉を映している。
一方で子元は、楽しいなどという感情は欠片も持ち合わせていなかったが、彼女の様子が気になることは事実だった。
それだけではなく。
伯約の言葉の、意味するところも。
子元は意を決したように、青白い双眸を鋭く光らせながら、伯約を睨む。
「伯約。お前の勝負に乗ってやろう」
それに応じるように、伯約の翡翠の瞳が子元を見やった。
二人の視線が交錯し、空気が僅かに張り詰める。
「だよな、そうこなきゃ意味ねぇよ」
「勝負? 何の話?」
目の前で睨み合う二人に、子上は僅かに首を傾げている。
「子上、お前は兵を後退させてくれ。
俺は薙瑠の様子を見てくる」
「……分かった」
「任せたぞ」
頷くと子上は再び兵士たちのもとへと駆けていく。
その様子を見ながら、伯約は子元に問うた。
「準備はいいか?」
「ただ|彼処《あそこ》まで行くだけだろう? 準備も何も」
「あー言い忘れてたが、途中で地に足がついたら負けとみなし、情報はお預けだ」
「…………は?」
「足をつけなきゃ良いんだよ。
丁度良く利用できるものが沢山あるだろ」
伯約は片手を広げて愉しそうに嗤う。
怪訝な顔をした子元だったが、彼の言わんとしていることをすぐに理解した。
丁度良く利用できるもの。
それはつまり、周囲に乱立する柱のことだ。
そうと分かれば、方法を練ればいい。
子元は近くに聳え立つ柱を、静かに見上げる。
青い空へと向かって聳える、円柱型の柱。
その側面はごつごつとしており、その凹凸を利用すれば簡単に上まで行くことができるだろう。
そして柱から柱へと、乗り移って行けば。
「……なるほど」
移動方法を見出した子元は、小さく呟いた。
「準備ができたようだな」
「ああ」
「目指すべき地点は、あの少しだけ傾いてる柱の上な」
「いいだろう」
子元のしっかりとした返答を聞き、伯約は小さく笑う。
そして両者ともに、前を見据えたとき。
伯約は、少しの間を空けて。
「じゃあ──行くぞ!!」
その声を合図に、二人は同時に地を蹴った。
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