華鬼灯 -ハナホオズキ-

── 第弐章 ──
其ノ陸 ── 守護ノ神使【菊】(6/11)

 乱立する柱の空間、その中心部。
 |子元《しげん》と|伯約《はくやく》は、〈|六華將《ろっかしょう》〉の二人が乱舞するその様子を、付近にある円柱型の柱の上から見下ろしていた。

「すっごいな、開いた口が塞がらないとはまさにこれだ」
「……そうだな」
「女同士なのにな」
「……確かにそうだな……」

 二人の眼下で繰り広げられている、〈六華將〉同士の戦い。
 薙瑠が相手をしている蜀の〈六華將〉──|和菊《なごみのぎく》|狼莎《ろうさ》は、狼と共に戦っており。
 薙瑠は一人で、その両者を相手にしていた。
 二人と一匹が争う、その様子。
 それは何とも、不思議で、奇妙で、華やかで。
 一言では言い表せない世界が、そこにはあった。

「……ところで」
「なんだ」
「俺はそんなに信用できないのか?」

 伯約は横目で子元を見遣る。
 勝負に決着が着いたとき。
 伯約が|人間《ヒト》の姿に戻ったのを確認し、子元も|変化《へんげ》を解いたが。
 伯約は武器をも納め、無防備とも言えるような手ぶらの状態であるのに対し、子元だけは己の刀を手にしていた。
 とは言え。

「敵だという事実以上に、警戒する理由なんかあると思うか?」
「……そうだな」

 それもそうか、と呟きながら、伯約は平然とした態度で腕を組んでいる。
 そんな伯約の余裕のある態度が、子元は腑に落ちないでいた。
 彼は国として敵対している子元相手に、異様に気を許している。
 警戒心がなさ過ぎるのである。
 しかも、勝負に勝ったらという条件はあったものの、情報を教えるとまで言っていた。
 子元を敵として認識していれば、普通はあり得ない態度だろう。

 ──そう、敵として認識していれば、だ。

 故に子元は問うたのだ。

「お前は……敵なのか?」

 と。
 横目で伯約を見遣る子元の青白い瞳は、動揺しているかのように揺らいでいる。
 子元の静かな問いかけに、伯約が紡いだ答えは。

「国としては敵、だ」

 翡翠の瞳に子元の姿をしっかりと捉えながら、伯約はそう言った。
 子元が怪訝な顔をしたのは言うまでもない。

「国として……?」
「ああそうだ。
 だが勝負に敗れたお前に、話す義理はない」
「……」

 返す言葉もなく、子元は〈六華將〉の方へと視線を移しながら、悔しそうに黙り込む。

 先の勝負。
 子元と伯約はほぼ同時に地を蹴り、それぞれ付近にあった円柱の柱を、鬼であるが故の身体能力を活かして、頂上まで登りきった。
 しかし、その時点で既に、両者の間には差が出ていた。
 子元が僅かに遅れを取ったのだ。
 何か失敗を犯した訳ではない。
 〈六華將〉によって力を活性化させていた伯約の方が、身体能力が上だったから。
 しかし、それだけではなく。
 柱から柱へと伝いながら目的地を目指しているときの、余裕のある、而して無駄のない伯約の動き。
 子元はその背中を追う形になり。
 敗れた要因の中には、鬼としての経験の差によるものがあることを、子元は感じ取っていた。
 故に悔しい思いはあるものの、その結果には納得していた。

 二人の間に沈黙が訪れ、辺りには目下で行われている〈六華將〉同士の闘争音だけが響いている。
 そしてふと、子元はあることに気付く。
 彼の視線の先にいるのは、薙瑠ではなく、蜀の〈六華將〉──|和菊《なごみのぎく》|狼莎《ろうさ》。
 彼女を目で追いながら。

「何故……鬼の姿になっていない?」

 呟くように言葉を紡いだ。
 本来鬼は、人間が相手であれば、鬼の姿に|変化《へんげ》すること無なく、|人間《ヒト》の姿のまま戦う。
 鬼と人間、その力の差は歴然で、変化するまでもないからだ。
 また、鬼と人間を見分けられるのは鬼のみであり、人間は相手が鬼であるかどうかは分からない。
 だからこそ、鬼は相手が鬼だと分かれば変化して戦うのが基本だった。

 しかし、彼女──|狼莎《ろうさ》は、鬼の姿に変化していない。
 相手をしているのは、同じ〈六華將〉である薙瑠であるにも関わらず、|人間《ヒト》の姿のままだった。
 ──いや。

「同じ〈六華將〉だから……か?」

 子元の言葉を、伯約は聞いていたらしい。
 視線は〈六華將〉に向けたままではあるものの、穏やかな口調で問う。

「|狼莎《ろうさ》のことだろ?」
「そうだ。鬼同士ならば、力を抑える必要がないだろう。何故|人間《ヒト》の姿のまま戦っている?」
「それは、あいつがただの鬼じゃないからだ」

 ──ただの鬼ではない。
 その言葉に、子元は首を傾げる他なかった。

「どういうことだ?」
「あいつは自分のことを〝|鬼狼種《きろうしゅ》〟だと言ってた。それ以上の詳しいことは俺も知らないが、その言葉通りだと俺は思ってる」

 伯約は淡々と子元の問いかけに答える。
 一方で、鬼狼種、という言葉から、子元はあることを思い出していた。
 それは、あの|奇譚《きたん》と、その解釈。

「──菊が施す|千代《ちよ》の〝|守護《まもり》〟は
 鬼狼が結んだ|契《ちぎり》によるもの──
 その鬼狼だろうな、これはあくまでも俺の推測だが」

 子元が思い浮かべていたことを見抜いたかのように、伯約がそれを口にした。
 〈六華將〉に向いたままの伯約の眼差しには、優しさが含まれており。

「|千代《ちよ》──|千代《せんだい》に値する程の長い間、|守護《しゅご》としての役割を全うする。
 そんなあいつが、|蜀国《こっち》に来てくれたことに感謝してるんだよ、俺は」

 そう言う伯約の声音も、酷く穏やかで。
 嬉しそうな、それでいてどこか悲しそうな、そんな笑みを浮かべていた。

 |魏国《ぎのくに》に攻め込んで来た、|蜀国《しょくのくに》。
 この国には鬼が伯約と狼莎の二人しかいない。
 もっとも鬼の出現が遅かった国──それが蜀国だ。
 彼の生まれる前から狼莎は蜀にいて、その国の行く末と、蜀国唯一の鬼である伯約を見守ってきたという。
 そんな狼莎の存在があったが故に、蜀国は存続していると言っても過言ではなかった。

 約一年程前、かの|諸葛《しょかつ》|孔明《こうめい》が亡くなってからは守りに徹し、自国を守るためにも他国を攻めるということをしなかった、蜀国。
 そんな彼らが攻めてきた理由を、子元は未だに理解できないままだった。
 その目的は、伯約曰く「桜と戦うため」だというが。

「何故だ? 何故……守りを捨ててまで、攻めに転じる必要があった?」

 伯約の目を見て、子元は真っ直ぐと素直な問いを投げかけた。
 何度も言わせるなと、伯約は半ば気だるそうに子元を見遣る。

「言っただろ、桜と戦うためだと。
 守りを捨ててまで攻めに転じたのは、桜と戦うため。それだけだ。
 だが……桜と戦うことが何を意味するのか。
 お前がその答えに辿り付けないってことは、本当に何も知らねぇんだな」

 大きく溜め息をついたあと、伯約は真っ直ぐと子元の目を見て言う。

「桜に斬られるってことだ。桜に斬られることが、桜に喰われることを意味する。というのも、桜は鬼を斬ることで、その妖力を喰らうからだ。それがあいつらの本当の……っ!?」

 伯約の言葉が、最後まで紡がれる前に。
 すぐ近くから、衝突音のようなものが響く。
 反射的にそちらに視線を向ければ。
 二人がいた柱からすぐ近くの別の柱に、何かが衝突したらしい。
 その柱の側面から、衝突したことで粉塵が舞い上がっている。
 
「おいおい……派手に戦いすぎだろ、あいつら」

 伯約は驚きと呆れを半々に含んだ声音で呟いた。
 子元も呆然とその柱を見ていると、粉塵はすぐにおさまり。
 顕になったその姿は──

「薙瑠……!?」

 子元は思わず、その名を呼んだ。
 柱が倒壊することはなかったものの、側面は大きく窪んでおり、その様子から少なくとも無傷ではないことくらい、子元にも察しが付く。
 しかし彼女は、怪我などしていないかのように、その場にゆっくりと立ち上がり。
 じっと一点を、地上にいる|狼莎《ろうさ》の方を見つめている。

 その、表情が。視線が。

 酷く冷たく、鋭いもので。

 離れた距離にいるにも関わらず、子元は背筋が凍るような感覚を覚えた。

「……何故かぞっとするな……人間なら戦意も喪失するのも頷ける」

 伯約も同じように感じていたらしい。
 その呟きで、子元は内心なるほど、と思っていた。

 ──これが、兵士の戦意を奪った要因、か。

 そんなことを考えていたとき。

「──待って」

 静かで、而してはっきりとした薙瑠の声が聞こえた、ような気がした。
 しかし、それは決して気のせいではなかったらしい。
 彼女の異変に気付いたらしい狼莎が戦闘の構えを解き、それを確認した薙瑠は軽快に地上へと着地した。
 先程までの戦闘が嘘だったかのように、〈|六華將《ろっかしょう》〉の二人は何かを話している。
 そんな様子を見れば、伯約は間違いなく。

「おい、俺たちも行くぞ」

 予想通りの伯約の言葉に、子元は小さく頷いた。

「……そうだな」
「お? 今回はやけに素直だな」
「何かが起こった。
 戦闘を中断するほどの何かが、だ」
「ははっ、よく分かってるじゃねぇか」

 初めて意見が合致した二人は、同時に柱から飛び降りる。
 髪や華服を激しく靡かせながら、地上へと急降下する。
 その最中だった。

 何かが割れるような、甲高い音が響いたのは。

────────────────

 |対《ツイナル》 |二人《フタリ》、|両者《リョウシャ》 |共《トモニ》 |不 知《ヤクワリヲ》 |役割《シラズ》。
 |若《モシ》 |彼等《カレラ》 |知 役割《ヤクワリヲ シレバ》、|生《リョウシャニ》 |綻《ホコロビ》 |両者《ショウズ》。
 |其《ソレ》 |小《ショウナリ》、|而《シカシテ》 |不埋《ウマラズノ》 |綻《ホコロビ》 |也《ナリ》。

【対なる二人は、両者共に役割を知らず。
 彼らが役割を知ったとき。
 両者の間には、とても小さな、而して埋まらない綻びが生じることとなる。】

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