|夫《ソレ》|或《　アル　》|時間《セカイ》|之《　ノ　》|物語《モノガタリ》。
　|如《モシ》 |在《ツタフル》|伝者《モノ アルナラバ》、|則《スナワチ》|是《　コレ　》|万世不朽《バンセイフキュウ》 |也《ナリ》。

【とある|時間《せかい》の物語。
　語り継ぐ者|在《あ》るならば、物語は|万世不朽《ばんせいふきゅう》なり。】

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　暗闇に呑まれた、とある建物の庭。
　その場所に在るは、一人の男。
　彼は何をするでもなく、木に背を預けながら、ただ静かに立ち続けていた。
　髪の色、身に纏う装い。
　大部分が漆黒で覆われているその様は、闇夜に潜む|黒豹《くろひょう》の如く。

　静寂の中、ふわりと舞うはカラスの羽根。
　一羽のカラスは、音もなく木にとまる。
　そして暗闇に佇む男を見下ろした。
　彼はそれを気配で感じ取ったらしい。
　僅かに顔を上げ、薄っすらと開かれた真紅の瞳は、|炯炯《けいけい》として獲物を射る。
　しかし、男の視線はカラスではなく、前方に広がる暗闇に向けられていた。

「……|鴉《からす》。
　お前に頼みたい事がある」

　その声を合図に、男が見据える暗闇の先、カラスがとまる木の影から、新たな人物が姿を現す。
　鴉と呼ばれたその人物は、不気味な笑みを浮かべて男を見据えた。

「なんだ？　あんたが俺に頼み事とは珍しいな」
「黙って聞け。……俺の息子のことだ」
「あー……|子元《しげん》、だったか。あいつも気の毒だよなぁ、自分の意思じゃないとはいえ、力が暴走した結果、実の父親であるお前に殺されかけるんだもんな」
「鴉」

　ヘラヘラと笑いながら話す鴉に対し、男は一言、その名を呼んだだけだったが、その様子を見た鴉の顔から笑みが消える。
　そして静かに口を開き、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「──〝桜の鬼〟を連れてこい、だろ？」

　静寂の時が刻まれる。
　二人の間を、冷たい風がふわりと吹き抜けた。

「……分かってんならさっさと行け」

　男はそれだけ告げると、踵を返して闇の中に消えていった。
　一人残された鴉はその後ろ姿を見据え、呆れたように溜め息をつく。

「全く……相変わらずだな。だが、お前には借りがある。それに、これは俺達の使命……だからな」

　そう言葉にすると同時に、男が姿を消した方向の暗闇に向かって、鴉は跪く。
　仕方なく、いや、寧ろそうすることを喜ぶように、鴉は深々と頭を下げて言った。

「|主《あるじ》の仰せのままに」

　静寂の中、ふわりと舞うはカラスの羽根。
　二人の様子を静観していたカラスは、音もなく飛び立つ。
　そして闇夜の中へと消えていった。